7日(日)は来年12月に実施予定の“定例観察会コース下見”だった。

もちろん参加する積りで早目に家を出たのだが、どうにも体調が思わしくなく一旦家へ引き返した。少しマシになったので、再びリュック担いで電車に乗ったところ、またまた具合が悪くなったから、ここは無理すまいと班長さん宛て「欠席」のメール打って帰宅せざるを得なかった。

 

暫くグズグズしてる内に気分は回復傾向になり、乙川優三郎の『トワイライト・シャッフル』読むことにする。

彼の作品にガッカリしたものは無く、過去「五年の梅」「脊梁山脈」「むこうだんばら亭」「かずら野」などを読んできた。

『トワイライト・・・』は13の短編から成り、全て房総半島で暮らす人たちの物語。人間同士、日常に在りがちな喜怒哀楽を、筆者独特の抑えた文章で綴った小品集で、人生って決して美しいものではないが、捨てたものでもないという一貫性で流れる。そして今日図書館へ、芸術選奨受けた『太陽は気を失う』の予約入れた。

 

頭休めに別な冊子を覗いたから、話は全く変わる。

人間と他の動物との決定的な違いは「二足歩行」で、この歩行形式によって手は細かく自由に動くようになり、その自由な手が脳を飛躍的に発達させたとされる。

そして人間の脳と他の動物の脳とが決定的に異なる点は、未来を予測(想像)出来るかできないかという一点に絞り込むことが出来るだろう。

 

ほ乳類は発達させた脳により、ごく目先だけは見通せるようになり、犬のお座りなどの行動はそれを物語っておる。ただしそれは、経験による反射的な行動とも言え、決して明日や明後日を予測してる訳でない、つまり「今を生きている」のだ。

これに対し人間は、遠い将来を想像したり憂えたり(老後の金銭頼みなど)、自分の死に方(自死とか病気)や死後(宗教に対する見当違いな信仰心など)まで考えてしまい、一番大切な“今”を犠牲にしてるのではなかろうか。

もしそうなのであれば、実に空疎な人生とも言え、脳の発達は人間にとって悪しき部分が多かったのかも知れず、人間の脳って実は厄介なんだと思わされるのだった。