16日(水)の“昼飲み”は12時集合だから時間はある。
そこである文庫本を読みかけたところ、今まで何も関心持ってなかった十干とか十二支に関する文が出てきて「これは面白い」と感じる一方、中国の文化・文明の素晴らしさに改めて敬意払うことになった。
十干(支とも)とは甲・乙・丙・・というやつであり、十二支とは子・丑・寅・・。
これを組み合わせれば10と12の最小公倍数、つまり60通りの組み合わせが出来、これを年を数えるのに用いており、我々身の回りでも沢山見付かる。
丙午(ひのえうま/子どもが親を食い殺す)・還暦(60年で一巡/とっくの昔に過ぎた)・戊辰戦争(1868年1月の鳥羽・伏見の戦いから1869年5月の箱館戦争。1868年は戊辰の年にあたる)・壬申の乱(672年に起きた古代史最大の内乱で、天智天皇の後継を巡り弟・大海人皇子と息子である大友皇子による戦乱)etc.etc.
そんな中に甲子園が出てきたではないか。甲子園は1924年に建てられ、この年は甲と子というトップが並ぶ縁起の良い年だったのだ。
その昔我が家でも、正月には必ずこの冊子買い求め、母親は熱心に家族の今後に思いを馳せてたものである。もちろん心底から信じてるとも思えず、女性が好む占いのひとつであったろうけど。今でも売ってるとは知らなんだ・・
そこで私は自分の十干・十二支を調べてみた。
干支が申(さる)であることはもちろん知ってるが、では十干はと問われても分からないのだ。それは甲・申(きのえ・さる)と出た。
ほう、申のトップにおるではないか、もちろん図書館にある訳ないから、見掛けたら買ってみよう、いや立ち読みで十分か。
12時に西神中央駅に近いフード・コートで待ち合わせて5人、Mさんのご亭主が差し入れて下さった寿司(沢山過ぎて平らげるのに苦心した・・)をメインにウィスキーから始め、長野県産の大吟醸へと突入する。
寿司より豆腐な私だけれど、差し入れ下さったもの残す訳にはゆかず、隣のNさんに目配せするのは“喰え”信号だった。
小学校から一緒とあれば何の遠慮もはたらかず、16時過ぎまでナンダカンダは続いいたそんな中で、とうとうD君の顔見ぬままに終わった。
聞くところによれば癌による通院らしいが、今時早期なら治療法は色々ある、次回のテーブルで彼の姿見ること出来るだろう。
