12日(木)、8時半に家を出て須磨離宮公園へ向かった。

板宿駅へ差し掛かったところ、『割烹 魚チ』の様子がおかしいことに気付く、ガラ~ンとしてる感じ。

ドアに貼紙してるの見つかった、「人手不足に昨今の物価高、加えて自身の高齢化による健康不安、3月末日をもって閉店します」とある。その昔、職場の宴会でこの店(当時とは場所が少し異なる)に何度も来てたから感慨深い。

 

ナガミヒナゲシ(ケシ科)には、このように花弁が重なるものと重ならない2種がある。千切れば指先がネバネバ、かぶれる人もいるから皮膚の弱い人は要注意。

 

子房は円筒形(子房上位)、そこからきたナガミであり、覆い蓋の上に6~8個の柱頭(花柱は無い)が放射状に広がる。

 

柱頭が8個ならば果実は8室から出来てるはず、それを確かめようとしたが100均のカッターナイフは錆びついて上手く切れない。

1個の果実に1500もの種子が入ってるというから、いやもう近々の内に侵略的外来生物に指定されるに違いない。

 

ヒナキキョウソウ(キキョウ科)の青紫は好きな色。しかしこの色のシャツは着こなしが難しそう。ほう、こうして見ると柱頭は3裂してるみたい、子房は3室から出来てるんだろうか・・

 

ハナニガナ(キク科)の群落

 

花弁の先が切れ込んでるのは、5~6個の花弁が合着した証拠になるという。

 

イワニガナ(ジシバリ/キク科)

 

自宅から1時間ばかりで須磨離宮公園へ入ること出来る。

本来なら木曜日は休園日だけど今は『バラ期間』とあって開園してるのだ。

ここへ入園するって、少なく見積もっても5~60回になるが、『月見山』なんて知ったの初めてではないか。

 

1000年以上も前、平安貴族であり歌人でもあった在原行平がこの場所で月見をしながら、京の都へ思いを馳せた場所であり、その100年後に行平をモデルに源氏物語が書き始められたそうだ(私は読んでいない)。

「今宵は十五夜なりけり・・」

主人公光源氏も行平と同じく、月を眺めつつ都の紫の上たちを想うのである。

そう言えば山陽電車に『月見山』駅があってここから近い、そうだったんだ!

 

須磨離宮公園は『武庫離宮』が前身であり、1914年(大正3年)に国家的事業として造営され、大正天皇や貞明皇后、当時の皇太子であった昭和天皇に満州国皇帝の溥儀が滞在したらしい。武庫離宮には、京都市北部から産出した本鞍馬石でつくられた石燈籠が2基、そのひとつが月見山の傍に立っておる。

 

バラ園へ入る。 絵筆を握る人が沢山。

「今年はちょっと遅れてるね」という画家さんの声が耳に入る。

 

バラは早咲きのもの中心で、全体からすれば2分咲き程度だから鮮度は抜群、

全体的な見頃は10日ばかり先になりそうだった。

 

 

 

 

 

手入れされたクロマツの離宮道を下る。

何種かの花を期待しながらだったのに草刈りが入ったばかり、素通りとなる。

 

須磨駅前から海岸線へ降りて海浜植物を探そうとしたが、憎っくき要注意外来生物

コマツヨイグサ(アカバナ科)ばかりが目立っていけない。

こやつはどういう訳か海岸線に強く、波打ち際にまで進出してるのだ。

 

須磨海岸にはハマヒルガオ(ヒルガオ科)の群落が点在してる。

これは名の通り浜辺を好んで繁栄するんだろう、浸透圧調整に長けてる。

 

 

雌しべの先端が2裂してるから、これも子房は2室から成るのかな?

 

それを見ようとするも、この時点では確かめること出来なかった。

 

本来なら今日、あいな里山公園で行われる『虫の観察会』の下見日だったのに、

空模様が怪しくて12日(月)へ延期となった。 それがSS会の『太山寺』と被ってしまうから、立場上からして前者を選ぶことになる。