13日(木)の朝は曇っておる。

直射日光を避ける意味もあり、予定を一日早めてジャカランダの花具合を見ておこうと決め家を出た、もちろん地下鉄和田岬駅までも徒歩。

そうだ、普照院訪ねるだけでは時間の無駄使い、18日(火)に計画されてる所属班行事の散策コースを今一度歩いておこうと、三石神社・和田神社から地図に沿って歩く。

 

うまい具合に咲いてた普照院のジャカランダ(ノウゼンカズラ科)

 

三脚抱えた男性がカメラをセット中、ちょうど見頃ですねと言い合った。

まだ沢山の蕾も残ってるから、本番日は満開状態に違いない。

 

 

兵庫運河?新川運河?に沿って座る“清盛くん”

 

前回立ち寄るの忘れてた来迎寺へやってきた。

築島寺とも呼ばれるのは、清盛が日宋貿易のために経ヶ島(島ではなく防波堤)を築造する際、潮の流れで工事がうまく進まないところから、村人を捕らえて次々に“人柱”にしたところ、それを哀れんだ清盛の従者松王(17歳)が「自分が人柱になろう」と申し出て海に沈んだ。その松王を偲んで清盛が建てたという説があり、だから『平相国開基』と門柱に書かれておる。

 

 

これが松王の碑なんだが、

 

その横の立て札には、時の天皇(二条天皇)はこの話を聞いて大いに感動、松王の菩提を永く弔うため当寺を建立し云々と書いてある。 清盛が建てた?天皇が建てた?

片や村人が救われたと感謝、村の人たちの寄進によるという歴史愛好家もいるらしい。

その隣には妓王・妓女の塔も建っておる。

清盛に寵愛され、豊かな生活を送ってた姉妹だったが、清盛の気持ちが仏御前に傾いたため、寂しい山に庵を結んで暮らすことになる。そんな庵へ仏御前が訪ね来て・・

平家物語の悲しい物語部分である。

 

近所のお店に地図入りパンフが置かれてたので、10部ばかり頂戴した。

 

ジャカランダ下見を終え、カシオの時計置いてる店があると聞いた元町へ向かう。

時刻合わせが不可能な壊れ方してた場合、次に買うのもCASIOのPROTREKか

G-SHOCKかに決めておるのだ。

店の男性にこれこれと説明して時計手渡したところ、PC睨みながら操作し、「取り敢えず時刻だけは合わすこと出来ました、暫く様子見て下さい」

ラッキー、6万覚悟してたのに買わずに済んだ。

CASIOの公式HP見ると、なんと70万もするG-shockがあると知りびっくりもした。

 

4H 23,000歩の街中歩きで極度の脚疲労・・舗装道路でつまずくこと6回。

今日は何処へも出掛けないつもり。