19日(月)の空は暗くて小さな雨粒が落ちており、外出する気にはなれない。

難しくて頓挫してる内田 樹の『日本辺境論』に再挑戦することにしたが、途中で集中が切れてしまい、半分くらいのところでギブアップ。

著者は冒頭で、梅棹忠夫の『文明の生態史観』から、以下の部分を引用しておる。

「日本人にも自尊心はあるけれど、その反面、ある種の文化的劣等感が常につきまとっている。それは現に保有してる文化水準の客観的な評価とは無関係に、なんとなく国民全体の心理を支配している一種の陰のようなものだ。ほんとうの文化は何処か他のところでつくられたものであって、自分のところのは、なんとなく劣っているという意識がある。恐らくこれは、始めから自分自身を中心としてひとつの文明を展開する事の出来た民族との違いであろうと思う」

 

更に丸山眞男の「私たちはたえず外を向いてきょろきょろして、新しいものを外なる世界に求めながら、そういうきょろきょろしてる自分自身は一向に変わらない」を引用し、まさしく日本人の振る舞いはそれが基本パターンであり、それは国家レベルでも個人レベルでも変わらないのだとの論を展開してる。

 

「私たちは、日本はしかじかのものであらねばならない」という国家像を形成することをしない。私たちは他国との比較の中でしかものを考えないのだ。右には“あの国”があり、左には“この国”があって、その間のどこかに我が国のポジションがある。そういう言い方でしか自国の立ち位置をいう事ができない」

 

そんな中から日本には<生き延びるための知恵>が生まれ、<病むことによって利益を得た>という成功体験が蓄積されたとも言える。

<面従腹背>なる生存戦略もそんな中から生まれた?

 

中華の光が届かなかった日本には、世界の中心には決して位置しないという前提があって、だから外国と比べてしか自分・自分の国を論じることが出来ない、それが日本的であり辺境人だと主張してるように思いはするが、なにぶんにも手強い本とあり、私などがあれこれ言える内容じゃない。

ちょっと間隔空け、機を見計らって再々挑戦することにしよう。

 

硬式野球やってる孫のTくん、18日の試合では三塁線にツーベースヒット放ったとか。試合は3-1で勝利したから、残す1試合に勝てば東京での全国大会へ進めるそうだ。難敵ではあるらしいが、調子は上向いてきてるみたい、23日(金)の決勝戦が楽しみ。

ただTくん、私が応援に行くの嫌がるから困りもの、いつも「緊張するので」と遠ざけられておる、これもライブ配信に頼るか・・