16日(月)、仲間と東お多福山を登ってセンブリ(リンドウ科)の花をと計画してたところ、幾つかの「まだ咲いてないですよ」との情報を頂き、一旦延期を決めた。

決めたは良いけれど、では何日後に延期するのか予測もつかない。

そこで取り敢えず一人で下見して来ようではないかと、東お多福山登山口バス停を9時前にスタートした。

 

そのバス停で下車したのはご夫婦らしきお二人と私だけ、静かな山歩きになるわなという思いでのんびり土樋割峠目指す。途中で立ち止まり、買ったばかりのカメラでセンボンヤリとかナギナタコウジュ写してたらお二人が追い付き、「今写された花は何ていう花ですか」

甲子園からと仰る82歳と77歳のご夫婦で、奥様は茶花を通して一定花を知ってられるそうだが男性は「全く知りません、リタイアしたばかりなので山も久方ぶり」と仰る。

 

お二人から次々に“この花は?” “これは?”と質問が続くので無視も出来ない、私はすっかり案内人になって土樋割峠まで・・

シソ科のミカエリソウ

 

 

アサギマダラですよと指差したら男性、あの南から飛んでくるというやつですかと、名前だけはご存知だったし、何とも綺麗なブルーですねなどとすっかり喜んでられる。

 

中でもこのテイショウソウ(キク科)を紹介した折には、なんか心底から絞り出すような声で「違う世界へ来たみたいです!」 きっと花好きに変身しそう・・・

 

土樋割峠に着いた。

「ここからどちらへ?」とお聞きすれば「最高峰目指してます。であなたは何処へ?」と聞かれたから、いや私は東お多福山ですと答えたところ、「そこまで一緒していいですか?」 誰がNoなどと言えようか、ではではと東お多福山頂へやって来た。

 

 

私が目指すのはセンブリ(リンドウ科)・リンドウ(リンドウ科)・オケラ(キク科)の3種がメイン。ところが頂いた情報通りセンブリはこの1株以外に写真になるようなものは一切無く、1週間遅れどころの問題じゃないようだ。

 

このイヌザンショウ(ミカン科)にも喜んで下さり男性、葉っぱを手の平で叩いてみたり黒い実を齧ってみたりし、「サンショウよりは弱いですね」と正確な判定・・

木陰でひと休みされると言う。

私はここから最高峰へ向かい、紅葉谷を下ってやろうなる心算してたが、これ以上の“案内人”は負担なもので「雨ヶ峠から黒五谷通って住吉駅へ帰ります」と答えたところお二人、めいめいでスマホの写真示しつつ「私、丹波の出身なんです、丹波のこの山へ出掛けて下さい、高い確率で雲海に出合えます」などと熱心に推薦下さった。

*JR福知山線黒井駅から徒歩でも近い“黒井城址”のことだった。

 

一人になり速度を上げる。

やはりセンブリは見掛けない。

 

ただしリンドウはかなり咲いてるから、同じリンドウ科なのにどうしたのかと心配に感じてしまった。

 

 

お目当てのオケラは見頃である。

 

急な下りではあるが、雨ヶ峠までは近い。

 

ボロボロに朽ちてた東屋のテーブルだけはプラ製品のと取り換えられてた。

 

更に下って芦屋カントリー、そこから黒五谷道へ入る。

頭の中では打越峠から住吉谷へ下ろうなるイメージもってたが、気付けばそのコースを行き過ぎてしまい戻るなど面倒、そのまま谷筋をどんどん下る。

 

途中に倒木あり。

潜ってる最中に圧し掛かられでもしたら絶命間違い無し、木に触れぬようそっと通り抜ける。

 

橋が落ちてた。

水が少なく渉るのは容易だが、高齢者にしたら正規の橋へ上がるのは工夫が要る。

恥ずかしながら少々難儀した・・

 

オオチャバネセセリだろう。

 

五助堰堤の少し南側で、こんどの「森観」コース案内を努められるNさんとHさんに出会い、堰堤上部へ引き返してランチタイムに一緒させて貰い、水車小屋跡経由でJR住吉駅へ向かうことになる。

ヒカゲチョウだと思う。

 

新しいカメラなもんで設定の変更に慣れない、ついつい慌ててしまえばこうなる。

5時間 24,000歩の案内人だった。

 

シンガーソングライターの谷村新司さんが亡くなった!

今年3月に腸の手術受けたらしいが予後不良、まだ74歳である!

ウクライナとロシア、パレスチナとイスラエルの戦争も気になるが、身近な谷村さんが74歳という“若さ”で世を去ったとのニュースもエグい・・

誰もみな、「生きてる内が花」とは口にすれど、だからと言って生きてる内に何が出来るのか・・も一回根本から考え直そう。

 

今日は我が班の観察会下見に出掛ける。も一度チャンスはあるが、天候の関係を考慮すればラストの可能性もあり、少し気合い入れねばならん場面ではある。