17日(木)の空模様は怪しいけれど、やっぱりこの時期だから一度は墓に顔出しておかねば何とは無く落ち着かない。バスに乗って“防災センター前”で下車し、墓園西口から“きりしま地区”へと歩く。

 

傘を差す程でもないが、小粒の雨滴は絶えず落ちてくる。

鵯墓園の最高所に建つのは高尾地蔵で、

この地蔵院の由緒は新しく終戦直後のようだ。

 

ここは、少数ながら平氏が陣を敷いてた『古明泉寺』裏手の山にあたる。

ここから鵯越の坂道を駆け下ってそれを一気に潰し、平氏の伝令よりずっと早くに長田から御座舟浮かぶ駒ヶ林海岸へ走ったんだから平氏は浮足立つ・・

 

親族3つの墓が並ぶ。

長男家のお陰でスッキリしてる、有難いことだ。

 

そして、墓参のたびに気に掛かってるH家、花は供えてあるが草木の手入れが・・

 

驚いた、“よしのぶちゃん”も亡くなってる。

前の家のご近所さんH家とは、特に母親どうしの仲が良く、だから全員年上だったけどH家の人たちは良く知ってる。男3人女1人の4人兄妹で、次男Tさんは特に頭の良い人だったから、当時としては珍しく“一流大学出のぼっちゃん”だった。

よく遊んで貰ったのは三男のYさんで、彼は確か工業高校の電気科に通ってた。

 

もちろん一番脳裏に焼き付いてるのは唯一の女の子Yさん(佳子ちゃん)で、彼女は高校の2年先輩だったから通学のバスで一緒になること少なくなかった。

評判の美人、私が住んでる地域では同じく2年先輩だったTさんと人気二分してたように記憶してる。それにしても見事に80歳そこそこで・・

 

今人気の合葬墓

 

確かにこの種のお墓は手間掛からずなので魅力ある。

ただ、名板も無いのって寂し過ぎるだろと思ってたら、

 

なんと周囲に立派なのが建っておる。

最近整備されたのか私が気付かなかっただけなのかは別として、

 

これならgoodではないかと。 

数えてみたら3,000人の名が刻まれておった。

 

ふむ、墓仕舞い・・

 

湿気でカメラのフィルターが・・

ごくごく普通にある木だけど、クサギ(シソ科)の花は気品ある。

 

雨なんだから、何処かで切り上げて帰る算段すればいいのに、馬鹿だから代替案さえ浮かばず前のめりになるばかり。

12時ちょうどに菊水山頂、ガスで何も見えはしない。

 

もちろん全身汗みずく、寒暖計見てびっくり23.5℃・・

すぐにやってきた二人のご婦人も「これって壊れてるわ」

いやいや、もひとつの寒暖計も24℃示してたから、この暑さは湿度湿度!

 

急な階段降り始めて気付く、“確か3~4日前もここ降りたぞ”

ストック突きつつ深い階段下りながら、馬鹿に付ける薬は・・「無い!」

 

この日もお茶だけで『お昼無し』、新開地へ着いたら14時に近い。

しかしここは神戸でも名の知れたディープな場所、決して困ることは無く「ハイボール濃いめと冷酒、うん、ウザクにするわ」

だから帰途は「♬ Just Walking in The Rain 」 小坂和也だったかな?