30日(月)、本当に久しぶりで神戸市シルバーカレッジの講義へ出掛けた。
その気にさせてくれたのは演題の『生前整理』以外の何ものでもなく、ぼつぼつ真剣にそっち方面へも気配りしておかぬと、困るのは残された子どもたちでしかない。
久しぶりの登校なもので班員さんたちから「どんな具合?」 未だに原因が掴めないんだから、只々対症療法中と返事するほか無かった。
午前の部は3人の先輩が講師となり、KSCで学んだことを如何に他者へ還元してるのかをアッピールすることにより、在校生の奮起を促そうという趣旨だったように思う。中でもココロ揺すられたのは子どもの貧困を取り上げたSさんの実践である。
世界第3位の経済大国とされるこの日本では、何んと子どもの7人に1人は貧困状況にあり、1日3食の食事でさえ満足に摂れていないという。
日本の将来を託すべき子どもたち、史上最低の出生率に苦しむ現状にも拘わらず、極めて多くの子どもたちが飢える状況にあるらしいと知り緊張してしまったのだ。
そしてSさんは神戸市兵庫区に“みんなの食堂”を立ち上げ、様々な企業から消費期限が迫った食品を受け入れつつそれを調理し、子どもたちに無料で食べさせていると仰る。ただ行政の理解は乏しく、も少し若ければ役所の前で座り込みでもしたい・・そんな心境吐露されてた。
午後は『モノの整理は心の整理』と題し、ある社団法人や株式会社を運営してる方が講師となって、身近な部分から「遺品整理じゃなくって生前整理でしょ」を説き起こす。
元気な内に、自分のカラダが動く内に余計なものは処分して、部屋を広く利用しようという至極まっとうな提案なのだが、これがなかなか進まないのが現状らしい。
幸い私は8年ばかり前にマンションへ移住したから、その折に随分な英断奮って数トンに及ぶ物品処理を行った。しかし講師仰る通り女性は捨てたがらず・・我がマンションの収納庫もそれで埋まっておる。
売れないものの代表格は“着物”であり“書籍”、特に着物は一山1,000円という場合もあるのに、買った折の値段が頭に焼きついてるから手放せないということのようである。物の値段は需給で決まるから、需要の無い着物は売れるハズもないのだ。
そう、今ひとつ遺族が処置に困るのがアルバムの類なんだと仰る。確かに8年前の私もそうで、両親が写ってる何冊かの黒いアルバムを“燃えるゴミ”に出すのを躊躇ったから、私のアルバムは全て処理して引っ越した。
最後の方で一番大事な話が始まった。
遺品整理で最も厄介なのが預貯金などの“財産”で、これだけは自分の財産目録を作り置き場所を相方や子どもに教えておくべきだと力説されてた。不動産・預貯金・有価証券・生命保険などについては何処の金融機関・保険会社と取引があるかを明確に書面に残すべきだが、金額については記載せぬ方が良かろうとも・・子どもたちはいらぬソロバン弾くかもと笑わせてた。
因みに朝日新聞社による『生死観に関する全国世論調査』によると、終活で取り組みたいことは
①(61%)身の回りの整理と処分
②(52%)延命治療の意思表示
③(35%)脳死での臓器提供の意思表示
④(31%)葬式や墓の形式
⑤(19%)遺言書の作成
⑥(12%)死を知らせたい人のリストづくり
⑦( 3%)自分史の作成 となるようだ。





