3日(月)朝6時の気温は26℃とあり、熱帯夜(夕刻から翌朝までの最低気温が25℃以上)こそ解消されてはおらずとも凌ぎよい。 これが日中の最高気温にまで下がってくれたら、それはもうじっとしてはおれなくなるんだろうか。
台風21号が翌4日(火)に近畿を襲う、それはもう疑いようもないから、暑い最中レンタル店へ歩いてDVD3枚を借り出し、汗を引かせるべく喫茶店で夏目漱石『草枕』のページを繰る。
例の「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。」の名文で始まるアレとあり、学生時代に目通しした割に何も身についておらず、今更ながら漱石の博識に驚く。 ただまあササッと読める本でもないので、今週いっぱい掛ければ良いだろうと呑気に構えることとした。
先日Hさんから“いちじくジャム”を頂いた。 もちろん自宅でつくられたもの、昨年も食パンにたっぷり挟んで懐かしく味わったアレである。

戦後間もない食糧不足の時代、私ども幼児・児童は常に空腹を抱えておったように記憶する。 特に美味いもの、子どもにすれば甘いものに恵まれなかったから、その辺りにある木の実・草の実が大変な魅力をもつ存在だった、例えばヤマモモでありキイチゴでありカキである。
当時我が家にはグミ・スモモの他に結構大きなイチジクの木(日本無花果と呼ばれる蓬莱)があって、8月下旬から9月中旬にかけ沢山の実を結んでくれた。グミやスモモなど腹の足しにはならないが、大きくて甘いイチジクはそれなりに食欲を満たしてくれ、赤紫に色付き小さく口が開くのを心待ちにしてた。
ところが台風なんかで雨に当ると甘味が流れ落ちる? そんな折にはまだ少々硬い実までもぎ採り、皮剥いて鍋へ放り込んで煮るのだ。 親に見つからぬよう僅かばかりの砂糖を加えればイチジクジャムの出来上がり、贅沢な一時が過ごせたのものである。
そこで思い出したことがある。
当時我が家は500mばかり離れた場所に畑(200坪くらいだったかな?)を借りていて、その畑の周囲にこれまた結構大きなイチジクの木(これも蓬莱)が3本程も植わってた。ところがそんな時代とあり、そこで熟れる実の殆ど全てが盗まれて口に届かない。
ずっとずっと後年、近隣の居酒屋で顔見知りになった何人かの男性から、「実は俺、山さんチのイチジク畑へしょっちゅう侵入してたわ」と打ち明けられ、時としてビールやお酒を注いでもらったものである、その彼等も多くは彼岸の人となった。
なお、現在市場なんかで売られてるイチジクの大部分は西洋イチジク(ドーフィン)で、甘味ではやや劣るが日持ちする点が流通に適してる。
イチジクという名の由来・・・ツバキ同様一時には咲かず(いわゆる満開は無い)、一熟・一熟という具合に熟してゆく。 だから“いちぢく”でなくって“いちじく”なのだ。
でも“いちぢく”ってあったよな、と調べてみたらいちぢく浣腸と出てきた。
でも今ではイチジクカンチョーになってた。
今日と明日の予定は台風のため延期に・・ 是非とも歩きたかった場所なもので残念至極、出来るだけ早い時期に遡ってみたいものだ。