22日(日)の寝覚めは悪かった。
目が覚めると同時に前日に怪我したNさんの顔が浮かぶし、加えて病院側の「ご家族に来て貰って下さい」なる強い要請にちょっとした衝撃を感じたのだ。
大した怪我でもない(失礼)のに、恐らく2時間以上も掛かるであろう彼の家から呼び寄せるって、どんな意味があるのか理解し難いから、我が身に引き替えると身が縮む。 少々の事であれば「独り身です」とか、「家族は旅行中なので」なんて“嘘”も準備しとかねば立ち行かぬ。。。
外出は止め、読みかけてた山本周五郎の短編集へ取り掛かった。

なんでこんな本を買ったかと言えば、それはもちろん表紙に大きく出てる「沢木耕太郎」で、彼が編者とあれば無闇な短編は収めてないだろうと私の意識ははたらく。
我々世代で、圧倒的に多く読まれた歴史・時代小説作家というと山本周五郎に司馬遼太郎、そして藤沢周平の三者が頭に浮かぶ。 読書家のTさんから「エンターテイメントばかり読まないで」との助言はあれど、沢木ファンとしては看過できない。
そして残された時間がそう多くも無い私にTさんなんだから、「難しい顔して読むのは勝手だけれど、一番は楽しむことに尽きるぜ」と反論しといた。
9編の短編で、中には「雨あがる」とか「その木戸を通って」など映画化されたものも混じってる。 読み終えて、山本周五郎だから、沢木耕太郎編だから満足といった気分にはならなかったが、「あだこ」・「その木戸を通って」・「おたふく」は面白い。
でも山本周五郎は確か「日本婦道記」で世に出た作家だから、今の社会に生きる大多数の女性からすると、「んな馬鹿な」とか「今の世に、そんなイイ男なんていない」などと、一種の不快感を抱くかも知れないな。