何日か前、長年親しくして貰ってる人から、「山よ、お前のブログ見てると、なんか生き急いでる感じする。もうちょっと余裕もって日を送った方が良いんじゃないか」なる忠告を頂いた。
確かに少なくとも月20日は出掛けており、外出が4日も続けばさすがに疲れを感じることもある。 だがしかし、嫌々出掛けることは無いし、負担を感じたら休憩する自由もあるんだから、“生き急いでる”なんてのは当てはまらないと思ってはいる。
しっかり歩けない日が続くから15日(日)朝、ここは一丁黙々歩いてやるかと家を出たところ、それに合わせるが如く雨が落ちてきた。 実はこの先が問題で、何年か前なら間違い無く“突出”したはずなのに「止めた止めた」。
家へ帰って4月と5月の『遠足』(小学校時代の同級生との懇親)を提案書つくったり、ガラホの使用説明書も読まねば馴染まない。
やっとこせお昼前に落ち着き、読みかけてた小説持って喫茶店。

帯にある通り、絵画の世界を描いたもので、作者自身がキュレーターと称される博物館や展覧会の企画を担う専門職らしいから、絵画の美の世界の、その一端でも知ろうと購入した文庫本だ。
“美”なるものの深淵を覗き見る、そんなの期待して読み進める。 物語は画廊での絵の売買や、我儘で傲慢なセレブの美術品蒐集意識、更にその世界における男女関係も絡んで展開する。
美術界における徒弟制度の厳しさに、京都という閉鎖的な社会も描いてて退屈はしないにしても、余りにも度重なる偶然の出会いは作為的に過ぎてちょっと引ける上に、何ヶ所かで重複した記述が気になったから、ヒョーロンカの私からしたら完成度が高いとは言えぬ。
京都人は外から入ってきた人を受け入れようとしないと言われ、そんな人を「入りびと」と排他的に呼ぶらしい。 物語の主人公は東京人とあり、カミュの『異邦人』にイメージを重ねた題名が採用されたんだろう。
そうだった、カミュの「異邦人」はとても恐ろしい物語なんだが、若い頃には理解し難い内容だった、もう一回読んでみよう。
もひとつは13日に出遭ったクロツグミ、kurokuroさんによれば「撮ろうと思って撮れる鳥じゃない」と。 私にすればどんだけ嬉しいオコトバか!

オッシャー、また出掛けよう!と元気100倍になる。