哀しいことに、先週後半の40,000歩超と30,000歩超がダメージの原因だろうか、とにかく脚がいうことを聞いてくれずに困ってる。
上げてるつもりの脚なのに上がってないんだろう、アスファルト道路のちょっとした凹凸に突っかかってしまうのだから世話無い。
26日(月)は霞が掛かるほどの春だけど、この脚の状態では何も出来そうになく、実は午前中を“新ラマルキズム”の解釈に費やしてしまった。
高校時代に習った進化論の中で、誰だって一番に肯けたのはラマルクの進化説、そう、「よく用いる器官は発達し、用いない器官は退化消失する」というものだから、当時の私はダーウィンの突然変異に自然選択がはたらくなんて説より、ずっと身近に感じてたものだ。
ところがあれこれ検索かけてると、当時の各種進化説には宗教(倫理や哲学)が絡んだり、或いは産業革命(競争原理)までが影響を与えてるなんて記述に出くわすから、教科書に書いてあるような、単純な理解では駄目だと分る。
確かにラマルクの『用不用』なる部分は否定されて当然としても、根底に流れる一筋は今蘇えろうとしてる。
それが「新(ネオ)ラマルク説」と称される考え方で、今後の進化論にも大きな変化が出てくるかも知れない。
つまり、環境が遺伝子の働きに影響を及ぼし、場合によっては遺伝子そのものを変性させてしまう可能性があるんではなかろうかetc.etc.
待ち合わせてお昼から映画。
Tさんの目的は私と同じく映画&一杯だから、17時半に終わる2本立。 館内は一定予測してた通り大半が女性なのは愛がテーマだから?
1本目はフランス映画「愛を綴る女」で、

2本目は蒼井優の「彼女がその名を知らない鳥たち」

館主さん、よくもまあこれほど似た映画を同時に上映できたものだと、そんな部分にはホトホト感心してしまう。 洋の東西を問わず女性は奔放に生き、これも洋の東西を問わず男性は女性を護る立ち位置をとろうとする・・ (私も一緒である)。
そして女性はやっと最後の最後に、身近にいる男性の愛に気付くという訳だ。
ただ、2本目「彼女がその名を・・」の展開はいささかしつこく、回想シーンに至ってはダルかったから、横っちょのTさんが肩で“出ようぜ”との合図。
まあ洋画のエンディングロールに比べれば邦画はサッと終って助かる、駆け足気味で居酒屋へ向かった。
そしていつもは映画の評論をやるんだけど、今回それは無し。