新幹線新神戸駅から直線的に南へ流れ、三ノ宮の少し東で海に達するのが生田川であるが、正確に言えばこれは『新生田川』と呼ぶべき川で、以前は加納町からフラワーロードを流れておった。
この川はいわゆる天井川であったためしばしば氾濫し、外国人居留地(南京町の東側)を水浸しにした。 困った明治政府は明治4年にやや東へ寄った現在の位置へ付け替えたのだった。
旧生田川の河川敷は加納宗七に払い下げられたことにより、現在にまで「加納町」なる町の名を残すことになった。

明治12年に発足した郡域からすると、生田川の西は八部郡、東側は菟原郡という極めて広い行政区画であったが、その後の区割りによって川の西は神戸市生田区、東は神戸市葺合区となり、更に1980年の区再編により両区合わせて神戸市中央区となった。

27日(火)の「野うさぎの会」、さて何処を歩こうかと思案してたところ、今回はひとつ生田川を源流まで遡るのはどうかと思い立って呼び掛けておった。
9:30に7人、Yさんに教えられてた通りJR三ノ宮駅から磯上公園へ向かい、ここから東進すると生田川に行き当った。

生田川の中流域と言える布引の滝周辺には沢山の歌碑が建っているが、この河口に建つ歌碑がとっぱしのになるそうで、もちろん私は初めて見ることになる。
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ヒドリガモ・ホシハジロ・カイツブリ・オオバン・カワウ・ツグミなんかが観察できた。
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今回の設定コースはやや長い上に出発もちょっと遅めだったから、あまり立ち止まってはおれぬ。 水枯れで滝の水は糸でしかないから、ここは一雨欲しいところだ。
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黒岩尾根への入口に当たる開けた場所でちょうど12時、お昼にする。
快晴でとにかく暖かい日だから背中に汗するくらい、3月中旬の気温だという。

先を急がねばならぬ。 ちょっと皆さんを引っ張る形で桜谷出合。
生田川には南から北野谷川・苧川・再度東谷川・地蔵谷川・ヌケ谷川・黄蓮谷川・桜谷川などの小さな支流が流れ込んでるはずだけど、苧川と黄蓮谷川以外は確認できなかった。
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この川にも堰堤が沢山あって、それを越えるのは一苦労。
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生田川の源流域に相当する穂高湖に到着して一服。
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午後3時前に掬星台到着。
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こんなに天気が好いのに人影も無いのは不思議なくらい。
ここで一次解散とし、二次解散は摩耶山を下り切った青谷バス停と決めておったのに、
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なんと摩耶ケーブルはお休み! 全員摩耶山を下らねば仕方ない・・・
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ちょっと疲れて16時頃に青谷へ下り切った。 約30,000歩。
三ノ宮は例のM屋で5人、ビールから出発して・・・結構長時間お付き合い頂いて機嫌良く解散した。