3日(土)、翌週に実施される定例観察会の最終下見があり、他班のこととて気楽な気持ちで参加させて貰う。 次週はまたまた寒波襲来が予測されるが、この日は9℃/3℃予報とあり朝から歩きやすい? ついでに神戸市議選(補選)の不在者投票も済ませようと早目に家を出たのに、考え事してたらとっくに投票所を通り過ぎ、前日の30,000歩後遺症を抱えたまま集合地点へ向かった。

諏訪山公園に約30名が集まって出発。 諏訪神社への急坂、その途中でカミヤツデ(ウコギ科)なる木を教えて貰う。
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葉っぱはヤツデと良く似た掌状だけど、葉質は薄くって日本では落葉してしまうらしい。ただ原産の台湾では常緑の低木であり、茎の髄から紙の一種をつくったのが名の由来だという。


諏訪神社。 もちろん長野県の諏訪大社から分祀されたものだろう、神紋のカジノキは諏訪大社と同じ。 ただ諏訪大社にも上社と下社があるので、紋の形状は微妙に異なってるんだった。
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朝はしっかり食べる私なのに、大師道の途中で空腹・・・ 担当班の方に「何時、何処でお昼?」と聞いてしまうから健康な証拠ではある。
猩々池から少し東へ歩いた場所でお昼、寒い季節はパンの方が食べ易いとは今年初めて知った。
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前線の南下か大陸の寒気が予報より早く到達したのかも知れない、急に気温は下がってアラレまで降りだした。 この日朝から楽しみにしてたのはKさんによる明治天皇御製の石碑解説で、ちょっとばかり先を急ぐ私だけれど、それは聞き逃すまいと後を追う。
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浅間が丘と名付けられた神戸港を望む高台にその石碑が建っておる。
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その石碑に刻まれた文字をKさんが和紙に! 如何に観察会と言えど、ここまで準備して下さる会員はそんなに多くないだろう。 誠、素晴らしいとしか表現のしようも無いわいな。
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明治時代中期には日清戦争が勃発し、政府の懐は如何ばかりかといった状態にも拘わらず、日露戦争を間近に控えて明治天皇、神戸港に集結した60隻を上回る軍艦を眺めて「いくさぶね かろくもうごく」なんて詠んだんだから“将軍さま”そのもの。
因みに「浅間が丘」という名は旗艦浅間からきてると思って間違いだろうし、この歌は天皇が浅間に乗り込んだ観閲(観艦)式時のものと考えられる。

鳥は見掛けなかったし冬芽にも関心薄、それでも戸外へ出ることが出来て良かったなあとしみじみ思いながらKさんと、先ずは熱燗から。