31日(水)は朝イチでHクリニック。
診察受けて血圧と痛風の薬を受け取ればそれでお終いだし、そのクリニックからだとオシドリが数十羽も来てるという“しあわせの村”までバスなら15分程度、もちろんカメラぶら下げて出掛けた。
ところがクリニック終わってバス停へ出ると、何と1時間待ち、寒い中で立ちん坊など出来る訳も無く、オシドリは次回回しにせざるを得なかった。
引っ越しを切っ掛けに思い切って車を処分したから、こんな折には心底不便を嘆くことになる。 もちろんカーシェアリングという便利な方策もあるんだが、それってスマホが使いこなせないと駄目らしいから私には無理。
ただ今日の新聞にも載ってたが、70歳の女性が反対車線にはみ出しての多重事故で小学生2人が死亡・・ こんな記事に接すれば「もう買えない・買わない」という心境にもなる。
オシドリを諦めたから、津村節子の『遍路みち』を読む。

5編の随筆とでも呼ぶ文章なんだが、どれも高齢者の病と死を扱ったものとあり、
今現在の私にしてはいささか鬱陶しく、4編まで読んだところで返却を決める。
作家って、常に何かを書いておらねば生きて行けないんだろうか?
この津村節子だって、亭主吉村昭の最期については既に詳しく書いてるのに、またまたこの短編にも同じような経緯が重複されておる。
実は私もファンである南木佳士の小説(随筆)にもそんな部分が多分にあって、同じ作家のを連続して読むって感心しない。