20日(水)は通風と血圧の薬を処方してもらうための診察日、それもお昼になる時刻だから一日が有効に使えない恨みがある。 でも私の都合でコロコロ変更して貰った結果とあれば、文句の持って行き処も無く、昨日失くした小銭入れの心当たりを尋ねつつHクリニックへと歩く。

幸いにも今回は1000円図書券が数枚入ってただけ(と思う)だから、比較的被害は少ないものの、つい1年ばかり前に小銭入れ落として以降、それなりに気を付けてたつもりなのに再度、その腹立たしさ(いや、不安と表現した方が近い)は朝から自身を襲って不快極まりなし・・

そんな日は、合間合間を縫って本でも読まねば遣り過ごしようも無く、途中で放置してたカズオ・イシグロの『忘れられた巨人』を読み切ろうと決めた。
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荒涼とした未墾の地が広がってた時代のイングランドとあるから、もう1000年も1500年も前のお話しになるんだろうか、そんな時代の、怪物(竜)や鬼が出てくるファンタジーとあり、読み始めていささか戸惑ったのが本音だ。

怪物が放つ霧のため、過去の記憶を失いながら、まずまずの平和裏に暮らす人たち、そんな中で記憶を取り戻すべく立ち上がった老夫婦が、身命を賭して困難に立ち向かうお話しと要約して大きな間違いは無いだろう。
だけど文庫本で500頁近い長編、しかも「私を忘れないで」と同じように物語はぐだぐだと続くんだから、読み切ってやるぞ!という決意でもなければやってらんない・・

2~3週間も前になるだろうかNHKで、カズオ・イシグロに対するインタビューが流れておったのを記憶してる。 この「忘れられた巨人」なる小説とは無関係な部分で、『過去を忘れるというのは、ある意味必要な要素である。が一方で、過去と真摯に立ち向かうには相当な力量を貯えてからでないと難しい』云々。

そう、この小説で彼が力説したかったのはそこにあり、卑近な例で言えば日韓・日中などアジアにおける大戦のわだかまりと捉えることが出来る。
過去の事は水に流して(つまり忘れて)親しい隣国関係を築こうというのも大切だけど、日本が当時の現実に真摯に立ち向って問題解決するには、それなりの力と覚悟をもってする必要あり、そんなとこだろうかな。

カズオ・イシグロの小説はあと1冊で打ち止めにしようと思ってる。
最後の1冊はイギリス最高の文学賞とされるブッカー賞に輝いた『日の名残り』で、これは既に手元に買い置いてある。

Hクリニックで会計してると事務担当者から、「12月12日に大腸ポリープを切除したという連絡はKH病院から既に届いてますよ」と言われた。
ん??? HクリニックのRセンセ、「いやいや今年は色んなことありましたね」と仰るもんで、「悔しいですがこの年齢になれば。。。12/25に結果を聞きに行くことになってます」と苦笑しながら診察室を出たんだが、ひょっとしてKH病院から既に細胞診結果も届いてたのではなかろうかと疑心暗鬼。
そう、癌宣告するなんて、たとえ医者であっても避けたいに違いないからだ。

「術後1週間後には結果出るけれど、私の診察日(12/25)に来てください」とKH病院の主治医さん。 昨19日に結果が出てて、既にHクリニックへ診断j結果が回送されてる可能性だってあるじゃないか、紹介クリニックなんだから・・・

如何に癌治療が進化したとはいえ、患者の心理にしては極めて微妙な問題で、心落ち着けて本の読めた訳でもなかった。