22日(水)、私が属する班の勉強会が開かれて参加した。 今回の勉強会は、草木や野鳥・地質・昆虫など、いわゆる自然から離れ、文化の香り高い歌碑を読み解こうというものだから面白いではないか。

神戸市の真ん中を流れ下る生田川、その川に沿って平安時代からの歌碑が整備されており、布引三十六歌碑と呼称される通り36首及び番外2首を数えることができる。 ただ我々がよく目にするのは、新神戸駅からみはらし展望台にかけてのもので、全て布引の滝に引っ掛けた詩である。
今でこそ雌滝・鼓滝・夫婦滝・雄滝などと区分されて呼ばれておるが、その昔はこれらを纏めて“布引の滝”と称しておったのだ。
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1900年に布引の貯水池が完成する以前、水は一気に山肌を流れ下り、現在でいうところの三宮から元町一帯を水浸しにしておったらしく、だから滝を落ちる水滴はこぶし大だったというのも肯ける。
布引の滝(雄滝)の落差は僅か43メートルなのに、日本三大神滝や三名瀑のひととに数えられるのは何故か? まあそれは都から近かったのが幸いしたからに違いないだろう。
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H講師の名解説に耳を傾ける10人の班員。
カカリムスビなんて、高校時代以来に聞く言葉で大変懐かしい! 現代文は嫌いじゃなかったけど、古典は苦手科目のひとつだった・・・
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神戸市やボランティア団体が発行するチラシにも目を配りながら解説に集中する。
どの歌も解説聞けば、この私だってなるほどと理解可能なものばかりで、在原行平が詠んだ『我世をは今日か明日かと待つ甲斐の 涙の滝といつれ高けむ』は歌碑群の中でも一番良く知られるものだ。
身分が高かっただけに、藤原氏に頭押さえつけられてる現状を嘆いたもの、よく分る気はすれど、当時の百姓が如何に虐げられてたのかに思いを致せば、なに贅沢言ってるか!とならざるを得ない。

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みはらし展望台で昼食。
その後は裏山道を歩き、ハーブ園南入口付近まで植物観察。
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今一番目立つのはシマカンギク(キク科)で、花の少ない折に貴重な黄色だ。
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貯水池へ下ってきた。紅葉にはまだ少し早いみたい、12月初旬だろうか。
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貯水池のずっと奥に数羽のオシドリが見つかった。
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天気予報にハラハラさせられた部分あるが、三の宮駅へ帰り着くまでもってくれたから助かる。 何故か11人に増え、わいわい騒いで帰った。