18日(土)は六甲山記念碑台GH当番。
退院前日は殆ど眠れてなかったし、退院した日の夜もなかなか眠りは訪れず、ああ寝なくてもいい人間になってしまったんだろうかと思うほどに変質してて気持ち悪い。
そんな具合だから、朝の行動はとにかく“ノロマ”で、予定してた記念碑台行きのバスに乗り遅れ、仕方なく次のバスで「丁字ヶ辻」下車、寒い中を歩いてGHへ向かった。

そんな事してる間に自宅固定電話へTさんやNさんから電話が入り、GH当番で留守と聞いたNさん、思わず「馬鹿じゃないの!」と口走ったとか走らぬとか。
しかし当人にしてみれば、普段通りの生活でOKですよと言われてるし、別に汗かいて六甲山に登る訳でもなし、8日間のベッド生活から立ち直る好い機会と捉えてのことなのだ。

入院中に読もうと2冊の文庫本を持ち込んだ。
1冊は佐藤愛子の「晩鐘・下」で、もうひとつは宮本 輝の「いのちの姿」。
前者は今までに読んだ本の蒸し返し部分が結構あり、だんだん飽きてきたというのが正直なところ。 まあ作家というのは、別れた夫をさえ手玉にとって収入源にしてるんだから、見事といえばその通りである。
「いのちの姿」は19の短編から成り、さすが宮本 輝と思わせるのもあるが、それがどうしたというのも混じってって、私には評価できない。

その「いのちの姿」を読んでる最中、遠隔の地にいる友人の奥さんからメールが入り、“主人が急逝。原因は大動脈解離で即死状態”と・・・・
実は彼から、入院中のメモを細かくとってblogに記載しろ、それも(スマホで)毎日更新しろやと言われてたのだから堪らない。 まさに“いのちの姿”。

16日(木)の朝には読むものが無くなった。
確か病院案内パンフに「図書館」ってのが載ってたなと思い付き、迷いに迷って横山秀夫の「震度0」を借り出した。 迷った原因は450頁と結構なボリュームだからで、読み切れるかどうかではなくってゲンを担いでしまったのだ。読み切るまで入院が続くんじゃなかろうかと。。。 弱ってる時にはゲンみたいなものにさえ左右され勝ちか。
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横山秀夫の警察モンはなかなか面白く、過去に読んだもので大きな不満感じたものは無い。 結構なペースで読み継ぎ、遂に翌日退院するまでに「完」へこぎつけた。

阪神淡路大震災当日、神戸から700km近くも離れたN県警では、地震よりも県警内部における各部課間の確執によって大混乱を来たし・・・なんだけど、部課長やその夫人に婦警までを巻き込んだ男女の相関図、これは余りにも作為的であり興覚めな部分がいっぱいあるし、この種読み物に必須と言える“どんでん返し”だって何じゃそれというもの、全くの暇潰し物でしかなかった。