6日(月)はそれなりに忙しかった。
先ずは間も無く切れてしまう“痛風”の薬を貰うために診察を受けねばならない。
痛風や、薬が良く効いてる高血圧など慢性病の場合、目一杯処方してくれて良さそうなものなのに、精一杯頑張っても6週間分しか出ないから面倒で仕方ない。

でも聞くところによると、6週間というのは多い方で、4週間分程度しか出さない医院が結構あるらしく、も少し患者の身になって欲しいところだ。
医療機関にもそれなりの言い分があるのか、或いは“儲け”優先なのか、果ては調剤薬局の在り方にも疑問感じる日本の医療制度である。

返却し、新たに借り出そうと図書館へ出掛けたのに、なんとまあ月曜は定休日。
憂き世を離れて10年も過ぎれば、日にちも曜日も感覚が薄れてどうにもならぬ・・
入所中に読もうとしてる文庫本は1冊だけ、これじゃあ退屈しそうだと書店へ足を運んで1冊追加、もうこれで午前は終了だ。

お昼を食べて喫茶店。 本来は持ち込むつもりだった佐藤愛子の『晩鐘・上』を読み終えてしまった。 2015年、この小説で紫式部文学賞(京都府宇治市と、宇治市教育委員会が贈る賞らしいけれど、いまひとつよく解らない賞ではある)を得ておる。
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まだ上巻を読み終えたばかりだから、下巻でどのような展開になるのか知れない。
知れないものの一定想像は可能で、佐藤愛子の二番目の夫だった人物の、摩訶不思議な性格に惹きつけられたり呆れ果てたりの半世紀を綴ったもの、いわゆる私小説に分類できるんだろう。

ごく一般的に言うと、私小説というのはドロドロした人間関係が表出し、第三者だからこそ読めるものの作家周辺の人物は、“そこまで書くんかい!”と怒り狂う場合が多いのに、この「晩鐘・上」に限って言えばそんなことは無くてアッケラカンとしてる。

二番目の夫は膨大な借金を残し、佐藤愛子も何割かを引き受けざるを得なかったために孤軍奮闘を強いられた、しかしその割には所謂“憎い思い”が湧きあがっては来ないのだから、その男ってある意味素晴らしい何かをもってたに違いない。
ただその何かは佐藤愛子にだって分っておらず、あの騒ぎは一体何だったのか未だに頭巡らせておる。

熱は無いけど、どうやら喉風邪を引いたらしくて喉が痛い。それだけなら許せるが、どうも咳が止まらないからちょっと心配になってきた。
というのも一昨日Yさんから、「風邪引いたら手術は延期になるよ」と聞いたからで、そんな事にでもなれば泣くに泣けない。 
夕刻、慌てて薬局へ行って鎮咳剤を買うことにした。 買ったのは龍角散の粉末で、昨夜から何回か飲んでるのに今のところ効果が現れず焦り気味。