24日(火)は「野うさぎの会」で、摩耶山東谷を遡行して掬星台へ抜ける計画だったが、台風の爪痕が酷いと予測されたため中止になった。
この摩耶山へ至る谷筋には大変懐かしい思い出があって、20年も前なのによく覚えている。 何人かで阪急六甲駅から摩耶山を目指したのだが、途中で道を失い、まあ上へ上へ登ればどっかに出るわと力任せ・・・
突然目の前に廃屋が現われて驚いたのだが、実はこれが摩耶ロープウェーの旧駅舎だったように記憶してる。

朝の空は晴れそうな感じ、野うさぎが中止になったからといって引き籠ってる訳にもいかず、Aさんからは「1週間も寝てたら脚弱るで」と脅されてもいるので、せめて鉢伏山へでも出掛けてやろうと10:30に家を出た。

いつものように須磨浦公園から800数十段の階段を登ることになるが、前日の疲れも残ってるので一歩一歩踏みしめるようなスローペース。
須磨観光ホテル近くの柿の木を見て、“しまった、山の辺の道を歩くんだった”と。
秋の奈良、それも田園地帯は魅力的なのに、すっかり失念しておった。
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前日の大師道と異なり、ここ鉢伏山のハイキングコースは全く傷んでいない。
阪神淡路の震災もそうだったが、道路一本挟めば全壊と被害無し・・ 台風の風にも通り道みたいなのがあったんだろう。
ただ、鉢伏山頂広場だけは例外で、何本かの樹木が折れたり倒れたりしてる。
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こうして見ると、樹木はその図体に比して根の張り方は浅くて狭いように思える。
もちろん水や養分を吸い上げる細い根は沢山あるんだろうが、いかんせん樹体を保持するという部分では未熟でさえある。
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旗振山へ向かう。 小枝が散らばってる程度、人手を要する状態じゃない。
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旗振山、まだ誰にも会っていない。
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縦走路を東へ歩く。 樹の葉の香りが漂い出ており、思わずナショナルパナホームのコマーシャルソングを口ずさむ。
「家をつくるなら~ば~ 草の萌える匂いのする カーペットを敷きたいと 思うのであ~り~ます~」
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巾3~4mと狭い縦走路とあり、これは手を入れねば危ないかな。
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斜面に生育してるから、根の張り方はどうしても不利になる。 この木が倒れたら、道は半分になってしまう。
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今まであまり意識しなかったウラジロノキ(バラ科)が多いようで、こんなのがあちこちに見られる。
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いつもの通り須磨離宮公園へ入った。 ここも作業員数名の姿だけ。
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秋バラの時期に入るも、秋の花にはどれも小さな傷があって面白くない。
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山を降りてお気に入りの喫茶店へ入り、『わたしを離さないで』を開く。
キャッシーという女性が、幼年時代から共に過ごした仲間たちとの過去を回想する一人語りが延々続き、暫くは(100頁くらいまで)今から何が語られようとするのか良く解らないのだが、今に何かが起こるぞといった予感はしてた。

それが300頁くらいまで読み進むと、ヘールシャムやそれと同じような他施設で育ってきた“提供者”と呼ばれる若者たちが、次々に姿を消し始めて・・
ここにきて、ちょっと大袈裟に言えば鬼気迫る感じになったきたのだ。

彼等は親を知らない。 自らの運命?を受け入れる者がいる一方で、猶予を模索する者もいて。。。 あと2日くらいで一気読みとなりそうだ。