19日(木)も朝から雨、週明けには台風21号が日本列島に近づきそうとあらば、10日以上も太陽が姿見せぬことになり、農家は花卉に秋野菜の生育遅れや根腐れ病などを心配することになるんだろうか。
出掛ける先とて思いつかないから、一昨日買ってきた佐藤愛子の『戦いすんで日が暮れて』でも読んで過ごさねば仕方ない。 実はこれと一緒に『晩鐘』上・下の3冊は入院中に読もうと準備してた軽い読み物、今それに手を付けてしまうと、またまた買い出しにうろうろせねばならない。

過去に読んだ彼女の本、幾つかはあるのだろうが一向に思い出せない。
ただ何年か前に読んだ菊池寛賞の『血脈』だけは脳裏に張り付いており、読んだ後で知ったのだが、私の旧住所地にN尾さんなる佐藤家の縁戚が住んでおられて驚いたものだ。 その方、4年ほど前にお風呂で倒れて急死、ほんの少しでも佐藤家のお話し聞いておけばと残念に思ってる。
佐藤愛子は1923年、小説家佐藤紅緑と女優三笠万里子の次女として出生しており、今93歳か94歳になってるはずだ。 その彼女の2度目の夫が教育教材販売会社を設立するも、5年後の1967年に倒産し、負債総額2億円のうち3,500万円を自身が背負うことになる。
1967年と言えば大卒の初任給が2万円に達していなかった時代だから、3,500万円を今の額にすれば3億にも4億にも相当する額になろうか。
1969年、その倒産体験を描いたのがこの『戦いすんで日が暮れて』であり、直木賞を得て一気に人気作家となったから、借金は案外早く返済出来たことだろう。
それから10数年かけて書き上げた『血脈』の中の私(佐藤愛子)は、極く普通の女性として登場してるが、『戦い・・・』の中の彼女はさすが佐藤家の一員、“荒ぶる血”をしっかり受け継いでおる。
異母兄のサトウ・ハチローは佐藤愛子からみてもトンデモナイ男で、そのトンデモナイ男が“ちいさい秋みつけた”などという可愛い詩を書くなんてと、愛子自身が驚いておる。
書かねばならぬ、書かねば済まされぬ宿命を背負うのが小説家と言ってしまえばそれまでだが、いろいろな作家の私小説を読むたびに、作家の性(さが)を思わずにおれない。
遠藤周作が灘中学に通ってた頃、しばしばこの佐藤愛子の女学生姿を見てたらしく、彼のエッセーの中にマドンナとして登場してると聞いた事があるから、なかなかの美人であったことが窺える。