21日(木)は私のミスにより、どうしても片付けなければならぬ用件ができてしまい、半日を無駄に過ごすことになった。 そこで後半の半日は読みかけてた本を読み切ることにする。
津村節子の本は殆ど知らず、幾つかの短編以外では20年振りくらいに手にする長編(中編)小説になるだろう。
イメージ 1


この『黒い潮』は附け火という犯罪を犯して八丈島に流された吉原の遊女を主人公に据えて描いたもの、とにかく過酷で暗くてジメジメした当時の江戸吉原と、借金のかたに娘を売る貧しい百姓の生活、厳しい自然環境下にある流人の島八丈島の状況がこれでもかと言わんばかりに物語られている。

伊豆諸島に幾つの島があるのか知らないが、比較的東京に近い“新島”は米軍の射爆場だったし、そのすぐ南の“御蔵島”も自衛隊の射爆場だったように記憶する。
ずっとずっと昔から、これら伊豆諸島は配流の地であり、中でも広い面積をもつ八丈島は一番多くの罪人(もちろん冤罪によるものも多かったに相違無い)を受け持たされるのだ。
<伊豆七島と称されるのは江戸時代に定住者のあった島の数で、無人島を合せるとその数はだいぶ増えるらしい>

私が知ってる八丈島と言えば、ここに伝わるコブナグサ(イネ科)などによる絹の草木染『黄八丈』程度でしかなかったが、この本でもやはり年貢としての黄八丈を懸命に織っていたことが記されている。
八丈島は湿度が高い場所なので、現地の人達が絹織物を着用した訳ではなく、米に代わる年貢、海藻拾って食べながら絹を織って染色するという極貧の社会でもあったようだ。
イメージ 2


イメージ 3


一番に驚いたのはあとがき部分。
津村節子が参考資料として用いた当時の記録のことで、文政10年に八丈へ流された近藤富蔵なる人物が、明治13年に赦免されるまでの実に56年間に亘って、流人の貧困や度々襲いかかる飢饉・伝染病などを『八丈實記』として書き残しておること! 継続は力なりを地でいった人物ではないか。
作者自身が言う通り、極力歴史に沿う形で描いた小説だから、そんな点は吉村昭ばりで結構なことだ。

世の中には素晴らしいモノを後世に残す人があって、だからこそヒトという存在の重さが響いてくるんだとつくずく感じた「黒い潮」だった。