24日(木)も私にとっては危険なラインを上回る気温になりそうとあって、もうハナからザック背負うなんて気にはならない。 ホントは涼しい映画館にでも出掛けたいところだが、観たいものも見つからないから動きようが無い。
そこで急ぐ訳でもない区役所と郵便局での用件を片付け、「来てますよ」と電話貰った図書館へ立ち寄る。
申し込んでた本、実は私が買って下さいとお願いして買って頂いた植物生理化学会編の「植物の知恵とわたしたち」で、6月中旬に一旦返却したのがやっと戻ってきたことになる。
2ヶ月8週間以上振りだから、少なくとも4人の借り手があったことになり、そんな部分からすれば無駄にはなっていなかったんだと安心する。
ただこの本は難しいから片手間にとはいかず、ついでに車谷長吉の『灘の男』を借り出した。
過去、彼の小説で読んだものと言えば直木賞の「赤目四十八瀧心中未遂」と、三島由紀夫賞の「鹽壷の匙」程度で、ちょっと虚無的・ちょっと不気味・ちょっと残酷、そんな印象しか持っていない。

彼の出生地は播州の、現在は姫路市飾磨であって、全国的にも良く知られた“灘のけんか祭り”の本場である。 けんかとは神輿の練り合わせ、それは喧嘩そのものとも言える激しいぶつかり合いになる。
この祭りは松原八幡神社秋の例大祭を指しており、死者や負傷者が絶えぬ、ある意味勇壮な祭りとしてしばしば全国的なニュースになったりする。
『この神輿のぶつけ合いは、神功皇后の三韓征伐の折り、この地で船に着いた牡蠣を掻き落とした故事にちなみ、ぶつけ合いによって、神輿が壊れれば壊れるほど神意に叶うと云々・・』とある。
そうか、そんな意味があっての“けんか”だったかと腑に落ちた。 それと共に灘という、私からだってそんなに遠くない地区の気風みたいなのもよく理解できる短編だ。
その“灘のけんか祭り”、今年も10月14日・15日に開催される。
私が、新聞に載る「死亡欄」に関心をもち始めたのは、学校を卒業した22~23歳時分だったと記憶してる。 もちろん99%が私より40も50も年上の人達だから、いろんな面で「自分にはまだ余裕があるな」なんて思ってたものだ。
ところがこの車谷長吉、1945年7月生まれで、確か一去年だったかにイカの刺身を誤嚥して窒息死したんだから、今では私より若い人が亡くなってゆく・・・