9日(火)、朝方に所用を済ませ、その足でザックを買いに出掛けた。
遣い方が荒っぽいのか製品の質が悪いのか、まだ4年ばかりしか使ってないのに生地が裂けたものだから仕方ない。
30㍑のはまだ新品同様なんだけど、大きいザックだとついつい何でも放り込んで重くなるばかり、ここはやはりもひとつ小さいのが必要なのだ。
特別高級な品は不要だとmont-bellの20㍑。 最近ザックの値上がりはひどいもので、汎用品なのに10,000円は参った。
夏に向けてシャツや帽子に加え、折り畳めば短くなるストック2本も買っとく必要あり、でも気の弱い私はザックだけにとどめることにする。
本来は午後から別件片付けたかったのに中途半端な小雨、借り出してた稲垣栄洋の本に目通しするしかない。

人参と大根の形成層以外、特別目新しいことは書いてないが、大きな文字だから読み易く、夕刻までに全部読み終えた。
植物は、子孫であるところの種子を順番に成熟させる傾向をもつ。 これは少々の環境変化が起ころうとも、全滅を避ける重要な性質だと言える。
ただ人間にとっては、「収穫」という部面からして一斉成熟が必須条件とあり、主食となる主な穀物は皆その条件を満たすよう品種改良が重ねられてきた。
人間はその昔、採集と狩猟により生活を成り立たせておったが、そんな時代の文明の進化具合は遅々としたものだった。 ところが栽培植物で生計を立てるようになって以降、文明の発達スピードは格段に増し、世界四大文明発祥地の全てで盛んな農業が行われていた。
すなわち黄河文明のダイズ、インダス文明のイネ、エジプト文明のムギ、メソポタミア文明のムギという具合だし、それ以外でもアステカ・マヤ文明のトウモロコシにインカ文明のジャガイモもその部類に入る。
日本という小さな島においてでさえ、いち早くイネ栽培を始めた地域での文化程度は高かったのだ。
人間、一ヶ所に落ち着いて生活してれば、単に生きるだけじゃなくって「どう生きるか」に思いを致すことになるみたいだから、採集生活タイプの私に進歩は訪れてくれぬのかも知れない。