4日(木)、なんと8ヶ月ぶりの映画。
近年少なくとも年5~6回は映画館へ出向いてたのに、どうしても観たいというのがこなかったものだから、ついつい無精になってたきらいもある。
ところが前日Tさんから、「“手紙は憶えてる”観た?なかなか面白かった」と連絡貰ったので、お昼から例の名画座へ向かうことにした。
幸いにも併映は豪華俳優を揃えたあの“怒り”とあり、額に汗して1時間歩き、『手紙は憶えてる』。 実は自身がナチスの強制収容所で大勢のユダヤ人を虐殺しておきながら、敗戦後、その罪を逃れて生き残るため、腕に囚人の刻印してユダヤ人になりすました人物がいたという想定だ。

ところがそんな偽りの生活を続けてる内に、偽装自体を真実と思い込むようになる・・・ そこで家族を殺されたナチスに復習すべく行動を起こすマダラ痴呆老人の物語。
ネタバレ記事になってしまったが、人が人を殺すって、それほど残虐な事実なんだと改めて考えさせられた。
2本目は以前に原作読んでた『怒り』、なにぶんの豪華キャストを揃えてるから、いつかは観たいと思ってた映画だ。 原作にしろこの映画にしろ、メインのテーマは人を信じることの難しさにあることは間違いない。
ただ原作では、八王子夫婦殺害に至る殺意とか、犯人の“怒り”はどっから派生してるのやら分らず、この映画ではどう描かれるのかなという興味もあった。

しかしこの映画でも、何処から凶悪な殺意が湧き出てきたのか理解できず、「映画に関することは何でも聞いて下さい」という映画館なので、終了後館員さんに質問してみた。
「犯人は何故八王子の夫婦を殺さねばならなかったのか?、怒りは何処から生まれたのか?」
館員さんの返答は実に詰まらなくって、「八王子の主婦、お茶を出したでしょ、犯人はそれが気に喰わなかったんです。 お茶を差し出されたことが見下げらたと感じたのです・・・」
馬鹿言っちゃいけない、お茶出されたのが屈辱なら、それ以降の犯人の生活みればもっともっと沢山の殺人犯さねば間尺に合わぬではないか!
映画としては2本共に一定見応えあったのに、館員さんの説明にガクッときたのは単なる私の鑑賞力不足によるものなのかどうか。。。
そうか、ひょっとすると、そんなに理屈っぽく考えなくて宜しいという映画だったのかも知れない。