9日(木)は予報通り朝から雨、揖保川・室津のみちを読み終えて「高野山みち」から「信州佐久平みち」へ入る。
昨年末からこの『街道をゆく』に憑りつかれて以来、他の事柄はそっちのけ状態で、既に単行本9巻を読み継いできてるけど、如何に司馬遼太郎とはいえ文体はそうあれこれ変えられる訳じゃないから、内容は面白く勉強にはなっても、表現法に飽きがきそうとあり、どっかで一度お休みを入れた方が良さそうではある。
さて“高野山みち”でいきなり五木の子守唄の『おどま勧進勧進』なる歌詞が出てきた。 勧進とは勧請ともいい、僧侶が布教活動の一環で行う行為を指す一方、寺院や仏像を再建・修復するために民衆から浄財寄付を求める行為を勧進と称するようになり、中世以降はその寄付を求めることが一般的になったらしい。
空海没後の高野山には、僧侶以外に僧兵や聖なんかが多数棲み付き、空海自身思いもよらぬことだったが、聖(僧の格好はしてても僧じゃない)たちが全国を行脚して念仏・説法をして回ったらしい。司馬遼太郎は、これら聖たちが存在したからこそ真言が広まったと解釈してるようだ。
ただそんな聖の中に、宿泊や米塩などを強要する者も混じり、後に聖は乞食に通じてしまう・・・
ネットで知らべてみると、民謡五木の子守唄は伝承者によって歌詞はさまざまだが、
昭和25年に編曲されたのがNHKラジオから流れ、その歌詞が一躍日本中を席巻することになったようだ。
おどま盆ぎり盆ぎり 盆から先やおらんど
盆が早よ来りや 早よもどる。
『私は盆までの約束で、この家に奉公に来てる。
盆が来れば家へ帰れるから、早く盆が来てほしい』
おどま勧進勧進 あん人達あよか衆
よか衆 よか帯 よか着もん
『自分は貧しい勧進だ。
それに比べてあの人たちは良い家に生まれたから、
良い着物着て良い帯締めてる』
次いで
『私が死んでもお墓になど入れて貰えないから、
道端にでも埋められるのは仕方ない、
道通る人に花など供えて貰おう』 と続く。
一説によれば、平家の落人が五木の村に棲みつき、源氏方に監視されながら農奴の生活を送ってた、そんな状況を唄ったもので、決して子守唄なんかではないとある。
それにしても昨日は気温が上がらず、我がマンションの屋外に吊るした温度計は一日通して4~5℃、だから毎日夕刻に行ってるお隣の銭湯「菊水温泉」が如何に心地良かったか! 露天風呂のメニューは「米ぬかオリーブ」、冬は銭湯にかぎります。
孫Sちゃん、今日は公立高校入試に向けた“滑り止め対策”で私立S高校テストかな、実はここしばらく、この私だって緊張してる。