前夜から、7日(火)は400mm持って市立森林植物園へ向かうことに決めてた。
コースは諏訪山公園から大師道・再度公園経由というなだらかなものとし、森林植物園の外周を歩いて鳥を狙うのが目的だ。
前夜ネットで中央区と北区のお天気状況を見ると、終日お日様マークだったから、何の疑いももたずカメラザックに400とコンデジを入れて寝た。
起きてお茶を追加して出発。
途中スーパーに立ち寄っておにぎりとパンを買い、諏訪山公園から大師道へ入ったのは10:20頃だったろう。それほど寒さは感じないが、小雪がチラチラ。
この川沿いでよく小鳥を見掛けるから、山手学園中・高等学校正門前あたりで400mmを腕に抱えて北へ歩く。
稲荷茶屋から200mばかり進んだところで雪はミゾレに変わり、カメラが濡れ始めた。 失敗、カメラザックだから傘は入っていないしザックカバーも無い。 もちろんレインスーツなんて入ってる訳もないからミゾレの防ぎようとて無し・・何とも残念だけれど、ここはもう引き返すだけとなる。
街へ下りると空は明るくなってるが、やはり山の方の空は暗くて空気も白っぽいから、雪かミゾレは落ちてるように見える。
シャッター一度も切らぬまま帰宅、面白くも無い。
ここしばらくピカッと晴れる日は期待薄? どうすりゃ充実感の味わえる時間が過ごせるのか考えが纏まらないから「街道をゆく(播州揖保川・室津のみち)」で気分転換図る。 兵庫県の西の端に龍野(竜野)という町があり、名高い醤油の産地。
醤油は別とし、この辺り戦災を受けなかったんだろう古い家並が残ってて落ち着ける町のひとつだし、旧制の中学校は幾人もの詩人・俳人を生んでおる。
そんな中でも三木露風は北原白秋とともに文壇を二分させた人物で、童謡「赤とんぼ」といえば誰だって口ずさめるのだが、昔から何とも寂しく哀しげな詩だなとは感じてた。
夕焼け小焼けの あかとんぼ
負われてみたのは いつの日か
山の畑の 桑の実を
小籠に摘んだは まぼろしか
十五で姐やは 嫁に行き
お里のたよりも 絶えはてた
夕焼け小焼けの 赤とんぼ
とっまってゐるよ 竿の先
三木露風の母親は、彼が7歳の折に鳥取の実家へ帰っており、当然のごとく生母を恋う毎日であって、「負われて」という記憶が下敷きになっているが、一方その母と一緒に桑の実を摘んだのさえ「まぼろし」だったかも知れぬという孤独感。
母がいなくなり、近隣からお手伝いさんがやって来た。その姐さんにも可愛がられたけれど、15歳で嫁に行ってしまったからかなわない、ただ一人竿の先にとまってるほかなかった三木露風。
ただし、「詩」とそれを詠んだ人物の実生活は決して結びついてはおらず、あのサトーハチローの乖離は信じ難い。
詩はあくまで「詩」で捉えねばならないのだろうが、えてして日本人は同体で捉えようとしてしてしまい勝ちな部分が大きい。