25日(木)は月一度の「地質の会」で、今回は猪名川市にある多田銀山(多田銀銅山とも)を訪ねた。
我が家からすれば随分不便な場所で、電車・バスを乗り継いで2時間は十分に掛かる。 能勢電鉄「日生中央」駅からバスで「白金2丁目」、ここから歩き始めた。
先ずはホオジロ。胸から腹にかけて茶色っぽい。

遠いからコンデジでは上手く追えない・・・

猪名川町のこの辺りは丹波層群。その丹波層群の泥岩。
無責任だけど、先ず粒の大きな砂が沈み込んで堆積し、次いで細かな泥が沈んで堆積するから、砂岩と泥岩は互層になる場合が多いと思われる。

銀山址を保存してる悠久の館へと歩く。
本日はNセンセに生徒が7人、ちょうど良い人数だろう。

頁岩。ページを繰るように剥がれる。

泥岩と砂岩の互層で、この辺の泥岩はいやに黒っぽい。

花崗斑岩(石英斑岩とも?)で、花崗岩より冷え方が早かったらしく結晶の大きさが不揃い。ルーペで見ると石英の結晶が沢山見えた。

その花崗斑岩の露頭。

ただ、その露頭を少し離れれば凝灰岩に変わるから、日本の地層・地質は極めて複雑ということになるんだろう。

僧川層。

層理がはっきり現われておる。
層理とは、異なった地層の境目のことで、ここでは泥岩と砂岩、だったかな?
ちなみに節理とは、岩体に見られる割れ目の事で、マグマが冷える際の歪によるものだと理解してるが合ってるかな・・・・・

散策にも適した街道で、も少し暖かい季節になれば子ども連れでも楽しめる。

鉱山の安全を祈るのだろう、石仏や神社が散在してた。

製錬もしてたようで、

通風孔も残っておる。
鉱山や製錬所があれば、山も川も荒れ放題だっただろう。

豊臣家の財政を支えた銀山とあり、当然代々「お代官さま」が目を光らせておった。
もちろん「おぬしも悪よのう」なる代官もいたに相違ないけど。

青木間歩。 天井に青い銅鉱石が走ってた。

この狭い穴へと潜り込んで手掘り、往時のヒトビトの苦労が偲ばれる。
女性までもが手掘り・運搬に加わってたんですぞ!

採鉱かすの中で拾った「クジャク石」で、青い部分が銅を含んだ部分だ。
磨けば綺麗になるんだろう。

お宝探し。

左部分が金色に光ってる。
もちろん金などじゃなくって黄銅鉱、これも銅鉱石だと教えてもらう。

なにぶん難しく、私の頭脳じゃあ1割も理解できないが、継続は力、そうなって欲しいものだ。