1週間ばかりも前に読み始めた乙川優三郎の「脊梁山脈」なのに、なんやかんやでなかなか前へ進まない。
2月1日は丹生山系の3つをアップダウンする予定だから、脚は休憩?
だから1月31日(日)、午前も午後もそれなりに集中できる場所を選んで読み進めた。
端的に言えば、先の大戦から復員する車中で偶然に知りあった人物に、今一度会って、施された親切に礼を述べたい、そんなところから文章が始まる。

「帯」の文言からもそんなストーリーを予測してた私だが、読み進むに従い、探し求める人物が「木地師」の末裔ではなかろうかという展開だから直角に頭を切り替えねばならぬ。
良材を求めて奈良・京都から、どんどん北上しなければならなかった木地師の物語。 そんな中でも、「木形子(こけし)」はもともと飾り物じゃなくって人形(ひとがた)として一種の信仰対象ではなかったのかという部分に心惹かれた・・・
男と女の物語に尽きそうだが決してそうじゃなく、木地師のルーツを求めて古代史にまで入り込む。その古代史の中で作者が力を込めるのは「(もちろん天皇を含めた)日本人」そのもののルーツとあり、この辺りはすっかり納得。
せっかちな私とあって、イライラする部分もある。
主人公を取り巻く女性たちが概ね従順と力強さを併せ持つに対し、主人公Yの最後の最後までの優柔不断・・・ 私も同類だけど。
脊梁山脈、これこそ男性が越えなばならぬ高所かも知れぬ。
表紙の横文字、堪えるなあ。
高校時代のある先生、「世の中は常に同じ色の色眼鏡で見るべし」と。
そう、窓はひとつで宜し、ひとつだからこそ色々観えるのだろう。