19日(金)はハナから休息日と決めてた上に、朝にはまだ小雨が降っていて、もう完璧な閉じ籠りモードとなる。
読みかけの全6巻小説「ソロモンの偽証」を待ってる人があるから、これも読み切ってしまわねばならぬと、先ずはこれに取り掛かる。
1巻から4巻までは、いつ投げ出してやろうかと何度も思ったが、5巻の半ばまで来て俄然面白くなってきた。
面白くというより、5巻以降は1~4巻までの総纏めという感じで、以前の出来事を思い出させてくれもして、ああ、そんな背景を作ってたのかと納得したりもする。
あと2~3時間で完食できるだろう。

もひとつある。
先日Tさんからお借りした、越路吹雪のCDなんかをウォークマンに落とし込む作業。
説明書見ながらやってみると、意外と簡単に出来た。
早速聴いてみる・・・決して好きな歌手じゃなかったけれど(歌は好き)、こうして聴いてみると声量豊かな歌が耳の奥で響く。
実は岸洋子のCDもお借りできることになり、有難い話しとなった。
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エライ政治家なんかは、座右の銘なんてのを頭に刻みつけて・・・
よくそんな「死亡欄」に出くわすことがある。
座右の銘ではないけれど新聞や小説から、時として面白い言葉を見付ける。
つい4~5日前の新聞だが、「折々のことば」という欄にこんな言葉が載っていた。

『人類学者は「ヴュジャデ」を通じてひらめきを求める』というものだ。

デジャヴュ(既視感)の逆で、未視感という駄洒落。
つまり、ありふれたものを新しい目で見ることにより偉大な発見が生まれる、そんなことが言いたいのだ。

偉大なんかじゃないけれど、新しい知識を得てありふれたものに接すると、「おお、こんなに素晴らしかったのか!」と感激してしまうではないか。
きっと今私は、新しい目を求めているんだろう。