私がフィボナッチ数列なんて言葉を聞いたのは、まだ自然案内人養成講座を受講する前の、ある観察会に参加した折のことだ。
0 1 1 2 3 5 8 13 21という、あの名高い小説「ダ・ヴィンチ・コード」に登場する地下金庫を開く暗証番号・・・
実は植物の多くが、その数列を応用して葉を付けたり、種子を付けたりしてるという説明を受けたものだから、単純極まりない私は大いに感動した覚えがある。

3日(水)は朝から雨だし、午後からは入院中のHさんのお見舞いに出掛ける予定だったもので、図書館で借りた本をペラペラめくっていたところ、いやに大きくページを割いて『植物に潜む暗号』なる項目に出くわした。
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つまり、葉は太陽光を効率よく受け止めるよう、1/2(180度)、1/3(120度)、2/5(144度)、3/8(135度)という具合に、フィボナッチ数列に従った角度を保ちつつ展開してるとか、ヒマワリの種子は2重らせんに配列されていて、そのらせん数や種子の数を数えればこれもフィボナッチ・・
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はたまた樹木の枝の出方もフィボナッチ数列に従ってるという訳だ。
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まだあるぞ、松ぼっくりの鱗片もそうだし、パイナップルの実の付き方もそうだというではないか。
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さすがにここまでくると???と思わざるを得なくなる。


そこであちこちネットで調べることになる。
確かにネットでも、植物とフィボナッチ先生の数式関連がいっぱい出てくる。
算数でさえおぼつかない私ではダメかな?と諦めかけたところで、『植物に潜む暗号』に反論する書き込みに出会った。
すなわち、
「太陽光は決して真上から降り注ぐものじゃない」
「種子や実が出来るのに日陰とかは関係ない」
「フィボナッチ数列に従わない植物も結構ある」
「ヒマワリの種子のらせん数、そう単純に数えられるものではない」etc.etc.

生物に、無理に合理性や合目的性を求めるのは如何なものか?
それが今の私の結論でもあるが、合理性・合目的性を少し排除しての説明なら、間違いなく関心を引く話題になる。