6日(木)、来る1月11日の定例観察会にむけてのコース下見に出掛けた。
場所は神戸市北区の「しあわせの村」近辺だから、自宅からだって極めて近い場所なのに、一度も歩いたことの無いコースとあってメモが手放せない。
しあわせの村中央というバス停から歩き始め、キャンプ場近くの堂坊池に架かる橋を渡る。
今はウしか見えないけれど、1月にはせめてカモくらいは飛来して欲しい。

私は驚いた。白川台団地のすぐ裏に、こんな田園風景が広がっていたのだ。
この素晴らしい風景を眺めつつ、御神酒の良く効いた饅頭を2個も頬張った。

旧い道標が立っていて、左阿里満道と読めそうだ。今でいう左有馬道。
こんなとこから有馬まで歩いたんだ、江戸時代は・・

伊川の源流域だという。そうか、しあわせの村の高台から流れ始めてるのかと、今更ながら感心する。

その伊川に添って観察隊は南下する。

義経が道案内を請うた鷲尾三郎の末裔が住む家。

これもこのコースの見どころ、「石抱きガヤ」で、カヤの巨木が石を抱き込んでる。

良く見ると、抱き込んでるのは石ばかりじゃなくってエノキも抱いておる。
ん?サルノコシカケかな? 菌類がくっつくというのは、樹が弱り始めてる証拠とも言えるから、樹医さんに相談した方がいいように思うけど・・

次いで訪ねたのは雌高座と雄高座で、イザナギとイザナミが座って国造りしたとか。

それはさて置きこの周辺、神戸層群と呼ばれる特殊な地層から成り立っているという。
日本海ができて日本列島がユーラシア大陸から分離したのが2000万年ほど前とすれば、この地層はそれより以前の3500万年前のもので、当時神戸市須磨区・北区から三田市にかけ、巨大な湖が存在しており、古神戸湖と呼ばれている。
その湖に火山灰が降り積もって出来たのがこの神戸層群だから、この地は古神戸湖の湖底であったことになる。
大きな湖だから、当然川が流れ込んでいたであろう、丸っぽい石もあれば砂岩質の層もあって、その時代の気象変化も読み取れるらしいから壮大なものだ。
いやいや、よく勉強させられた1日である。