22日(水)朝、旅館のTVの天気予報、「今日の大阪の最高気温は35℃、神戸では
34℃にまで上がるでしょう」と言ってる。
こっちは20℃程度だから、下界へ舞い戻るのが恐怖にさえ感じる。
朝方少し雨が降ったが、なんとか持ちそうだからヤレヤレだ。宿舎の裏側へ回り込んだところに、バライチゴ(バラ科)の果実が沢山熟している。美味しいとは言えない。

2日目の今日は、東大台周回コースをたどることになっている。
ササ(イネ科)は鹿の好物ではあっても、新芽の美味しい部分しか食べないから、ササの駆除には結びつかぬ。しかし、お陰でササの背丈が揃っていて(ブラウジングライン)、綺麗ではある。

最高峰日出ヶ岳への途中に咲いていたトリカブト(キンポウゲ科)。
魅力ある青だが、今年もこの植物で何人かが命を落としている。

昭和34年、紀伊半島から三重県・愛知県を襲い、5100人もの犠牲者を出した伊勢湾台風、ここ大台ケ原の正木峠~正木ヶ原の樹木も壊滅的な打撃を受けた。
最大風速は43メートルにも達したというから、想像を絶する。

余談になるが、昭和25年のジェーン台風で、我が家の屋根はふっ飛んだ。
1/3ほども水が入っている、あの大きな200Lドラム缶までが倒れて転がるのも目撃した。
正木ヶ原も、伊勢湾台風以前は苔むす密林であったのに、修復不能なササ原へと転落したのは、正木ヶ原なりの不幸が重なったことによる。
人が大量の倒木を運び去ることにより地表が乾燥し、コケ類が衰退して地面が剥きだしになった上、折角育ってきつつある幼木は、鹿の格好の食料となってしまう。
更なる不幸は昭和36年に「大台ケ原ドライブウェー」が完工し、大量の入山者が山肌を荒した結果、ササの侵入が抑え切れなかったのだ。
そのシカたちが姿を見せる。駆除と言ってもなぁ・・

大蛇嵓へ向かう途中に神武天皇の像があり、その傍らで小休止。
雨粒さえ落ちて来なければ、ガスも魅力だ。


牛石ヶ原で再びシカのグループ。 駆除と言ってもなぁ・・

この巨木はミズナラ(ブナ科)だったかな?

大蛇嵓へ向かう。

ミヤマママコナ(ゴマノハグサ科)の群落

大蛇嵓に着きはしたが、ガスが湧きあがっていて高度感が味わえぬ。
以前ここに来たときはスカッとした天気だったから、私などもうビビッて、先端まで歩けなかった。

どなたの声か分からないが、「霧の中の少女みたい」・・・
昭和39年、吉田 正作曲で久保 浩が歌い大ヒット! ほぼ半世紀前へ引き摺り込まれた瞬間だ。 持ち歌にしようかな。。。なんて思う。
やや急な道を下り終えればシオカラ谷。

シオカラ吊橋を渡って20分ばかり急登を我慢すると、駐車場はもう近い。

いやいや、実に値打ちある大台への小旅行で、良き仲間に巡り合えた幸せを思わずにいられない。