小学校時代だっただろうか、もううろ覚えでしかないが、日本一長い鉄道トンネルは清水トンネルで、2番目は丹那トンネルだと教えられたような気がする。
今でこそ青函トンネルは54,000メートルに近く、5番目に長い神戸の六甲トンネル(新幹線)でさえ16,000メートルを超えている。
 
丹那(山)トンネル7,800メートルは大正7年に、7年後の完工目指して起工されたものの、思わぬ障害にぶつかり続け、70名近い犠牲者を出しつつ昭和9年に完成した、当時日本最長のトンネルである。
この間の「記録」を小説に仕立て上げたのが吉村 昭のドキュメント小説「闇を裂く道」で、先日図書館の閲覧室で休憩してた折に見つけて借り出した。
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驚くことに、予算の関係もあって当初は人力による、いわゆる手掘り、出てくる土砂は牛に運ばせたというから呆れる。
工事の障害と言えばもちろん出水や断層破砕帯の出現で、何度も迂回の坑道を掘ったり、あまりもの難工事続きに工事中止の意見が出たり・・
しかもこの工事期間は第1次大戦後の不況・関東大震災・鈴木商店の倒産を始めとする金融大恐慌、おまけに満州事変・上海事件に五・一五事件、国際連盟脱退など、第2次大戦突入の前夜とも言える混乱した社会情勢もあって、鉄道省はもちろん工事を請け負った企業にとっても、死活問題であったに違いない。
 
この丹那トンネルの開通により、東海道本線は急勾配の箱根越え(現在の御殿場線)から解放されることになった。
 
さすが吉村 昭で、上下とも一気に読み終えた。