山や花とは無関係だけれど、これは私にとって奇跡としか言いようもないので、こんなこともあるんだと、あえて記事にした。
もう四半世紀も前に亡くなった私の父親、明治生まれの無骨者であったが何故か装飾品好きで、時計のベルトや指輪の少しマシなのを持っていた。亡くなる1年ほど前に私に呉れたけど、時計のベルトはいささか派手だし、指輪になど何んの関心も無かったから、長年そのまま放置していた。
ところが昨年、家人や娘達が時々利用しているお店から、指輪をリフォームして、私が使ったらどうかという提案があった。
言ってみれば父親の形見であるからと了承し、リフォームしてもらった。
私がそれを用い始めたのが昨年の春で、始めは何となくゴロゴロして気になる存在であったのが、3ヶ月もすれば自分の身体の一部となってしまった。
去年の6月中旬、暑い日だった。手提げにデジカメ・銀マット・予備電池・ペットボトルのお茶500mlにサンドウィッチ1袋を入れて、須磨アルプスを歩いた。
JR塩屋へ下り、そこから電車に乗って兵庫駅で下車、よく遣う「あさひ温泉」で汗を流して帰路についた。
その帰りの車中で、左薬指の指輪が抜け落ちているのに気づいた。
人は、お風呂で石鹸使ったりすると抜けることも在り得ると言うけれど、少し緩めの指輪だったから、手提げの重みで下へ押し下げられた可能性の方が高いとも思える。4時間歩いた須磨アルプスのハイキング道で、そんなもの見つかる訳も無く、父親には悪いが、諦めるより仕方なかった。
それから8ヶ月が過ぎた。
ついこの前、その指輪が私の手元に戻ってきた。

こんなに小さなリングが、増して8ヶ月後に戻ってくるなんて、予測もしなかった。
今にして思えば、せめて警察へ「紛失届け」くらいはしておくべきだった。