自然科学と言えば大きく6つの分野に分けられるのではないだろうか?
つまり物理学・数学・化学・生物学・地球科学・天文学・・
この養成講座で数学や物理に化学の勉強は無いだろうけど、今回は地質や岩石を取り上げたものだから、地球科学の分野へ足を踏み込むことになる。
天文とくればもうお手上げだが、いわゆる地学の方も全く知識無しで、中学校や一部高等学校で学んだ「褶曲山脈とか火成岩に変成岩」くらいしか頭にも残っていない。そこへいきなり大阪層群とかチャートに安山岩・有馬高槻構造線とおいでになったから、身構えざるを得ない。
阪急仁川駅から急坂を登って段丘上の住宅街へ。
擁壁に張り付けた石版に模様が浮き出ている。

おお、これはシダ植物の化石かと思いきや、これはシノブイシといい、岩石の割れ目からマンガンが滲みだして出来た模様だと。

五ヶ山古墳とその遺跡 7世紀の築造で、馬具や須恵器が発掘されたそうだ。
石積みは崩れ、盛り土も流されてしまった結果こんな状態になっている。
ここは標高100数十メートル、弥生人にとって棲みやすい場所だったのだろうか。

山並みと市街地との境は直線的につながり、有馬ー高槻構造線と呼ばれる断層だと説明を受けた。

甲山の麓にはチャートと呼ばれる石が沢山ころがっている。2~3億年前の堆積岩(私の時分には水成岩と習った)で、放散虫などのプランクトンの骨(二酸化ケイ素)
が主成分となっている。ルーペで覗くと0.1ミリほどの放散虫の殻が観察できるものもあった。

つまり甲山の麓は海底であった、或いは他所から水で運ばれてきたということになる。
空を見上げるとジェット戦闘機が大きく蛇行して飛び去った。
ニアミス? 何かあったに違いない。

甲山森林公園に据えてある大きな石で、捕獲岩とある。
そもそも甲山を含む六甲山地は花崗岩で出来ているのだが、その花崗岩の割れ目を突き破って地下深いところからマグマが噴出した。その時、噴出するマグマは周囲の花崗岩を身にまといつつ上昇したのだそうで、写真では分り難いが、左上部が花崗岩、右下部がマグマが冷えて固まった安山岩との説明がある。
【訂正です:右下の大きな部分が花崗岩で左上のが安山岩だとのご指摘を頂きました】

安山岩 大変硬く、各種石器に利用された。打ち合わせれば、備長炭のような乾いた高い音がする。

甲山中腹にある立派なお寺は、真言宗の神呪寺だ。
ここには何度も来た事があるが、神を呪う寺とはまたおかしな名だと思っていたところ、自然案内人のTさんから説明を聞き、大いに納得した。
つまりその昔は「祝」と「呪」は同じ意味をもつ漢字だったと。
後世それが逆の意味を表すように変化したのだそうである。

御影石で代表されるように、六甲山地には花崗岩を切り出す「石切場」があちこちにある。これは徳川時代に、大阪城築城に際して切り出そうとして失敗したもので、矢穴の痕が残っている。

よく分らないが、古い花崗岩の隙間に、新しい花崗岩が貫入してきたものらしく、半花崗岩と・・

矢穴は開けてみたものの、切り出しには失敗?

肥前佐賀藩鍋島家のものとみられる刻印

今回の養成講座は前回同様、人と自然の博物館学芸員先山先生を招いての観察会であり、先生は南極でも地質・岩石の研究を積まれた方である。
地質と言い岩石と言い、色々な分野の知識を集めねば研究は進まないものだと痛感した。今回のこの講座の内容のみに絞っても、化学(鉱物の成分など)や生物(プランクトンの形態や進化)の知識無しでは前進しなかったのだから。