いつか一度、我が家の愛犬「ダイ」をとりあげておきたいと思いつつ、なかなか実行に移せないまま何年かが経過してしまった。
彼が我が家にやって来たのは1994年6月のことで、生後3ヶ月だった。
柴で、本名は龍という字のつく恐ろしげな犬である。もちろん屋外で飼うつもりであったが余りにも小さいから、玄関のたたきで様子をみる事にした。
しかしクンクン鳴いて可哀想だと翌日から、居間だけは許すことにしたのが、いつの間にか食堂へ入って来、遂には階段を上がって2階への進出も果たした。
人間さまの機嫌をとるべく部屋中を走りまわり、二部屋の畳はすぐにボロボロとなって、片っ方はフローリングに替えた。
我が家へやってきたばかりのダイ。写真からとったので皆ボヤけているけど、太い前足が将来を予感させてくれた・・

ダイはとにかく人間が好きで、眠るときは必ず誰かのベッドへ飛び上がってくる。
娘の一人など、重くてかなわんとボヤいていたものだ。
そして1995年1月17日(火)早朝の大震災である。
この日も2階の娘のベッドで寝ていた。
3人の息子と娘は驚いて階下へ降りてきた。
余震も治まった頃、初めてダイがいないことに気づいた。
なんと彼、2階で腰を抜かして震えておったのだ。
犬や猫を可愛がって飼ってる人は皆、うちの○○ほど可愛い、うちの△△ほど賢いのはそうザラにいないと思っている。またそう思わねば飼えるものじゃない。
我が家のダイはイケメンで賢い。
人と同居しておると、人の言葉がある程度分かるようになり、大好きなチーズを見せて新聞と言えば走って取りに行く。
留守番をしてろと言えば実に寂しそうな顔になるし、散歩に行こうと言えば飛び跳ねて喜び、笑顔っぽくもなる。
散歩は山が好きで、高取山や菊水山。
ある時、菊水山で引き綱から離してやったことがある。アッと言う間に姿を消し、戻って来ない。心配になって大声で呼んでいると何んと、菊水カントリー倶楽部の池で泳いでいる! 何人かのゴルファーが囃し立てているのが見えた。
これはイヤガ谷東尾根の大岩に立つダイ。

これも菊水山周辺へ連れて行った折、何処をどう探し、呼び続けても姿を現さなくなってしまった。自宅まで歩いて1時間ばかりの距離があり、途中には交通量の多い西神戸有料道路もある。このときは3人で連れて行ってたので、とりあえず娘を1人で帰らせたところ、なんとまあ、何処をどうやって帰ってきたのか、門の前でウロウロしているではないか。これ以降、引き綱を離したことは無い。
これもイヤガ谷東尾根で撮ったもの。

そのダイも今では、ひがな寝てばかりだ。
17歳だから、人間にすれば90歳ほどにもなっていることだろう。
ただ、1日2回の散歩は欠かさないし、食べる量も段々減ってきてはいるが、まあ心配するほどではない。
でも耳は殆んど聞こえず、目は白内障でよく見えていない。人でいえば腰が悪いのだろう、後ろ足がよろけるようで心もとない。。。
これは当然だが嗅覚だけはしっかりしていて、チーズとゆで卵には目が無い。
我が家では普段、ドッグフードと全く味を付けない鶏肉・豚肉・鶏肝しか与えないから、ケーキやお菓子なんかには見向きもしない。
だから?いたって健康で、怪我以外で獣医さんのお世話になったことがないのも親孝行と言えば親孝行だ。
怪我は他所の犬に咬みつかれたのが一番酷かった。門扉の隙間からいきなり現れた大型犬にガブりとやられ、数日医者通いを余儀なくされたのだ。
治療費はもちろんその犬の飼い主が負担したが、私としてはそんなものより、慰謝料をこそ請求したい気持ちだった。
屋内で飼う犬は、暑さにも寒さにも弱い。冬は櫓炬燵に潜り込み、夏は玄関タタキのタイルでお腹を冷やそうとしている。今年の厳しい夏も乗り越えてくれ、今では日当たりのいい場所を選んで眠る。

動物にとって、飼い主が先に亡くなるほどの不幸は無い。
だから私が犬を飼うのも、これが最後となる。
こう書くと、如何にも私がダイの世話をしているように感じることだろうけど、毎日2回の散歩にブラッシング、食事の世話や時にシャンプーと、彼の世話は犬嫌いだった家内が全部こなしている。だから子ども達がいなくなった現在では、いつも彼女の姿を、見えない目で追っている。