12日(金)、さすがにもう降りそうになくて降水確率も0。こんな日はザックなど背負わず、手提げ袋に
銀マット(背丈の低い花を写す時に広げる)とカメラ、それに軽食(お昼弁当)と小さなペットボトルのお茶を
仕込んだだけで十分だ。山歩きは本来、両手を空けておくのが当然なのだろうけど、近郊の山ではこの
スタイルを通している。小生宅から諏訪山公園までなら歩いても1時間ほど、暑い夏以外はいつも歩く。
久し振りに祥福寺へも寄ってみようと出掛けた。
平野を左へ折れ、北側の祥福寺方面へと歩く。最近この辺りにもマンションが進出し、以前からの住民に
とってはきっと、迷惑な話であろう。その一角にこんな表示がある。
神戸学院といえばその発祥は、兵庫区会下山の高等学校だと思っていたが、帰ってネットで検索したところ、
この五宮で「森裁縫女学校」が誕生したとあって納得した。


祥福禅寺僧堂に着いた。


豪壮だ。




境内の、箒の目もすがすがしい。


しかし・・・。 近代生活に欠かせないのは理解する、が、何とか地中で処理出来ないものだろうか。


再度谷を北上して大龍寺、ここからどの方向へ向かおうかと思案した結果、久し振り(6~7年ぶり)に平野谷
東尾根を下ることに決めた。そう決めたすぐ後に、MさんやKさんに出会えたのだからラッキーだ。
鍋蓋山頂東にある標識。これを南側へ下ってゆく。


そうするとすぐに七三峠に着く。


1つ2つコブを越えて一旦二本松林道に出る。ここから更にコブを幾つかアップダウンすることになる
のだが、その登り口にこんな標識があってトウセンボしておる。そしてなるほど、標識の文字も消してある。




以前何度も通過した尾根道だから。。。それが間違いだった。
平野谷へ入らぬよう、あくまでも尾根道を進む。それは良く知っている。
そして神戸市街が見渡せる南端の高台へ出た。この下部で道は分かれる。


すなわち左(東)の山手学園中・高等学校の前へ達する新しい道と、直進して平野浄水場に達する古い道だ。
どうなっているのかを確かめたくて旧道を選んだ。ところがそれでなくとも滑りやすい急坂、以前張ってあった
太いロープも取り払われており、一瞬。。。これは引き返さねば?
しかしそうもいかないので手提げ袋をザックに入れてと思ったものの、今日はザック無しで来ていてそれも
敵わない。手提げを振り回しつつ木の枝に、ウンテイ(雲梯)よろしく飛び付きながら降りていった。
やっと降りついたところにも表示があった。


とにかく単独でよかった! もし人を案内してたら罰金として、どれほどのビールを呑まれたことだろう。