新開地周辺の古い地図をみつけてブログに張り付けたところ、神戸大丸の地下2階から三宮へかけて
「税金無駄遣い道」と呼べる地下道が走っており、この地下道に昭和中期の懐かしい写真が掲出されているとの
情報を貰った。5日、早速ここを歩くことにして大丸へ向かった。
元町商店街を東へ歩いていると中華街がえらい賑わっていて足を向けると

特別何かの行事を行っている訳でなく、中学校の修学旅行生と思しき団体がここに集まり、屋外でラーメンに
舌鼓を打ちつつ楽しんでいる。その賑わいに誘われるように私同様通行人までが集まって・・・
人が集まる場所は更なる人を呼ぶ、その典型を見たようだ。

大丸に地下2階が存在しておったことも初めて知った。神戸市営地下鉄海岸線の駅へ導く標識がある。

地下道へ足を踏み入れた、人がいない、誰もいない。

東へ進む。閑散とは正にこんな状況を指す。タイル貼りの立派な通路で照明も明るい(もっとも、照度を
落とせばちょっと不安な通路になりかねない)。

あった、昭和30年代初期の写真が壁面に飾られている。

昭和30年代、今思えば色の少ない時代であった。子どもの衣服は基本的に白で、私の古い写真もそうである。

ブラジル丸?移民船。満蒙開拓団同様、日本の棄民政策という側面は無かったのだろうか・・
満蒙開拓団って、敗戦直前の昭和20年6月まで送り出されていて、それがソ連参戦と敗戦により大量の死者や
残留(孤児)者を生み出すことにつながった。満州国開拓を進めようとする満州国政府と不況に苦しむ日本国
政府の意向が一致、これは棄民政策以外の何ものでもなかった。


う~ん、そう言えば平地ではまだ人力車が走っていた。

地下鉄海岸線「花時計」駅が近づくと、三宮方面から流れてくる、或いは三宮方向へ流れる人々の姿が増えて
きたが、よく見ていると大多数は海岸線利用者ではなく、単に通路として利用しているに過ぎないと思えた。
海岸線、それに沿って走る地下道、神戸空港も! 税金の遣い方、大いに疑問である。