神戸市兵庫区の【新開地】、少なくとも昭和30年代(中盤まで?)までは神戸市の中心で、飲食店・映画館・

大手企業のオフィスが立ち並んでいた。私も小さい時分には父親に手を引かれて、この界隈をよく歩いた。

特に「みなとの祭り」は凄い人出で賑わい、親の手を離すことはたちまち迷子を意味した。新開地のランド

マークはもちろん聚楽館であり、子ども達はここへ遊びに出かけることが大きな楽しみであった。

その「ええとこ」も今では見る影も無い。

昨日六甲山を阪急岡本駅へと下り電車に乗ったところ、ふと新開地の街を歩きたくなった。信号待ちをしている

と、大きな写真が貼ってある。ずっと以前からあったものだろうが、私の目に映ったのは初めて、カメラを

向けた。

今回初めてトリミングとかコントラスト調整を行った写真である(娘の「そんなことも知らずに」との

冷笑を浴びながら)。

イメージ 1

昭和31年「みなとの祭り」  聚楽館前である。左の建物がそれで、アイススケート場もあった。


イメージ 2

その当時の地図   現在地とあるのは聚楽館東側で、もちろん今は取り壊されて無い。


イメージ 3

大正末期の三角公園  路面電車の駅であった。  左へ行けばJR兵庫駅、右は大開通りである。


イメージ 4

昭和初期の「神戸タワー」  神戸市のシンボルとして大正13年に完成したそうだが、昭和43年9月に

取り壊されたとある。そう言えば・・・楠木正成が馬に乗った像も無いぞ。。

この新開地のみでなく元町商店街の寂れようも酷い。三宮センター街など足元にも及ばぬ高級品店が軒を連ね

ていたのに今や、100均とか八百屋とかホームヘルパー派遣業とか、目を覆いたくなる有様で、長田商店街

同様シャッター街寸前である。 日本は東京一極集中、神戸は三宮一極集中。何とかせい!と行政に言いたい。