盃状穴(ハイジョウケツ)ってご存知でしょうか?

10日ほど前、独り居酒屋でビールを飲んでいた折、私の隣に鳥取県の地方紙が置き忘れられていました。

何とはなしに記事を追っていると「盃状穴」という文字が目に止まります。お寺や神社に据えられている

石に、その名の通り盃状の窪みが彫られている、その穴のことなのです。多くは古墳時代に刻まれたもので、

油を満たして灯明を灯した可能性が・・・とも。

古墳時代ねえ、頼り無い記憶をたどると、もっともっと近い年代の石にも、そんなの見たことあるぞと思われて

23日(火)、カンカン照りの街中を25,000歩もかけて15ほどのお寺・神社を廻ってきました。

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先ずは関係ない「さざれ石」です。細石で、文字通り小さな石ころを指します。キミガヨではこのさざれ石が

巌(いわお=巨岩)となるんですが何故でしょう。何のことはない、石灰岩(セメントの原料)が雨水に溶けて

その溶解液が周りの小石を接着させるのです。

間違ってたら恥ずかしいので特定は避けますが、六甲縦走路の西方に、巾数メートル、高さ1.5メートル

ほどの「巌」が露出してるところがある。。。

「露出」はおかしいですね、六甲山系は石灰岩質ではないので。ではあれ、廃棄されたコンクリート?

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大小のお寺・神社の手水鉢石や灯篭を見てまわるのに、なかなか出会えません。もう2H以上もこのカンカン照り

のなかを歩き回っているのです。兵庫区の清盛塚では、小学生が校外学習の一環でしょう、説明版に取り付いて

ノートに写しています。と、その台座に何箇所か小さな水溜りが。

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これです、やっと見つけました。直径は7~8センチ、深さは3センチほどでしょうか。

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よく見ると浅くて、途中で止めたように見えるものもあって、台座にある盃状穴は20近くも。

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塚の横手にある手水鉢石

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ここにもありました。

*盃状穴は古墳時代(3世紀後半~6世紀)に、石棺の蓋石に用いられた遺物で、死者の蘇生を祈願する

ために穿たれたなどという説もあるようです。しかしこの清盛公の塚は1600年代のものだとされるので、

もっともっと近い年代まで下ってくると思います。考古学の分野なのか或いは民俗学の分野なのか、門外漢の

私には想像もできません。でもこの盃状穴が初めて見つけられたのは昭和55年、山口県でというのが面白い

ですよ。素人にだって想像を膨らませることが可能なのですから。

このあともあちこち歩き回りましたけど成果なし。もっと簡単に見つかると思ってたのに。