平清盛が福原に遷都しようとした最大の目的は、貿易が盛んであった大輪田ノ泊を活用し、南蛮貿易

から利益をあげることであったとされます。なので現在の神戸市兵庫区には、清盛ゆかりの史跡が

沢山残されているのです。もちろん清盛のみでなく、賑わっていたであろう港の周辺へは、各界の人物が

訪れていますから、なかなか面白い散歩ができるのです。

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清盛塚  約1200年前、鎌倉期の石塔(これは後年再建されたもの・・・)

大正末期、道路拡張のため10mほど離れた現在地へ移動となったそうで、その折地下調査したところ、

墳墓ではないと確認されたと説明書きにありました。なんと言っても大輪田の恩人ですから、地元と

しては碑の1つくらいは建てたかったに違いありません。

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能福寺にある平清盛墓所(平相国廟) 清盛の菩提処とありますが。。。

説明によれば京都で死去した清盛ですが、遺言に従い遺骨が埋葬されたと。

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能福寺本堂  境内全体が実に綺麗に掃き清められているのが印象的です。信奉者と言うより、

寺に愛着をもつ地元民のボランティア活動の結果だと想像できます。能福寺は805年、最澄の創建

になるとあり、天台宗のお寺ですね。

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兵庫大仏  平成3年5月開眼で、日本3大大仏の一つだそうです。先代の大仏は明治半ばに建立された

ものの、あの大戦の金属回収令によって解体されてしまったのでした。3大大仏、あとの二つはもちろん

奈良東大寺と鎌倉高徳院の大仏です。

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すぐ近くに真光寺があり、ここには一遍上人の墓塔がありました。僧一遍がここ兵庫津で亡くなったのは

事実のようで、この塔の造立年代は南北朝の時代(1300年代)と推定されているようです。

一遍といえば「踊り念仏」と「念仏札」の配布。

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いやいやお恥ずかしい次第です。JR元町駅西北に建つお寺、通称モダン寺というのは知っていました。

が、です。神戸に生まれ神戸で育った小生なのに、これは異国の宗教と信じ切っていたのです。

近づいてみると「本願寺神戸別院」!! なんと浄土真宗ではありませんか。

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とすると、この像は親鸞聖人