入院前は、卵巣嚢腫と虫垂炎の手術予定だったので、2週間だけ休みを取っていた。
しかし、予定外のことが起こり、入院が1ヶ月を超えてしまった。
退院の少し前、会社から連絡が入るようになっていた。
同僚から、【ちょっと質問】や【ちょっと相談】がきた。
上司からは、復帰時期の確認をされていた。
重要な業務の期限が迫っていたからだ。
2週間分しか引き継ぎをしていなかった。
『他の方では難しいので、できる範囲で復帰を検討してくれないかな?
無理はしないくて良いんだけど』
退院前に、先生や看護師に相談していた。
気温は高いし、体力は落ちているので、早く復帰するのは難しいと言っていた。
診断書にも1ヶ月の自宅療養が必要と書いてくれていた。
できることなら長く休むか、できれば退職したいと思っていた。
家族からも退職を望まれていた。
いい顔しいの私は、簡単に仕事を辞めることができない。
予定より長く休んで、たくさんの方に迷惑をかけているから、少しでも早く復帰しなければ。
通勤は、バスと電車を乗り継いで、片道1時間半。
ほぼ満員で、座ることは不可能だ。
通勤できるか不安だった。
会社と話し合い、いくつかの条件が了承されたので、復帰を決めた。
私服勤務が認められた。
制服がタイトスカートなので、ストーマパウチで右のお腹が目立ってしまうし、ストーマが潰れて、排泄物が出にくくなる心配があったからだ。
時差通勤、時短勤務が認められた。
コロナ禍という状況もあり、時差通勤には寛容だった。
『来れる時間に来れば良いし
好きな時間に帰って良いから』
交通費は上限が決まっていたが、全額支給に変わった。
週に1・2日は休んで良くなった。
体力的に、週5日の出勤は難しいと思ったので、休むことにした。
リモートワークができる職種ではない。
復帰を断る理由を封じられた。
久しぶりに出勤した、復帰当日。
1ヶ月ちょっとで、15kg痩せた私を見て、みんな驚いていた。
『大変だったね』
『あの石橋病院でも、こんな目に遭うんだね』
『訴えたら?』
みんな声をかけてくれた。
『復帰を急かすなんて、ひどすぎる』
と、仲の良い同僚は涙目で迎えてくれた。
みんなにたくさん迷惑をかけたから、どうにか挽回しなくては。
できる限り頑張るしかない。