食事が摂れない。


飲み物なら、水だけでなく、お茶やジュースなど何でも飲めるようになっていた。


外科担当の田部先生からは、何でも好きな物を飲食して良いと言われていた。

家族からの差し入れや、看護師に買い物を頼むのも良い。

少しでも良いから。

食べたい物を食べたいだけ食べてと。


全く食べることができない。


産婦人科の木田先生の配慮で、栄養士が部屋に来てくれた。

食べたい物を聞かれたので、もしかしたら食べれるかもしれない物を答えた。

『食パン、具なしの茶碗蒸し、温泉たまご

とかでしたら。

もしかしたら、食べれるかもしれません』

考えて、絞り出した。


普通量だと、量が多すぎて食欲がなくなるかもしれないので、減らすと言われた。

食べられそうな物を考えて提供すると。

プロだし、任せておけばなんとかなるだろう。


その日から毎日毎日毎日、同じメニューだった。

朝は食パン。

昼は具なしの茶碗蒸し。

夜は温泉たまご。

ジャムやフルーツが代わる以外、全く同じメニューが、ずっと続いた。


毎日毎日、来る人来る人、食べろ食べろって言うけど、どんな食事が出ているか知ってますか?

どうせ食べないから出さない作戦?


栄養士との面談は、残酷な食事の始まりだった。


木田先生の配慮。

気遣いには実際に感謝していた。

『ありがとうございます。

助かります』

ちゃんとニコニコしていた。


いつでも何でも言っていいと言われていたが、食事については、その後何も言えなかった。

食欲なんて沸くわけない。

でも我慢した。


後々、食事を長く摂れるようにならなかったのは、毎日出された残酷な食事のせいだろう。


栄養士から、感想を聞かれることもなかった。

一度もメニューを見直されることもなかった。