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以前、パン教室でつくった、「ふあふあブルーベリーパン」と、「ヨーグルトミルクハーツ」です
習い事も、水泳、くもん、体操教室、進研ゼミそして、テニスでした
とにかく、教育に熱心な母。
しかし、長女が小3、双子娘が、小1の時に、うつ病になり、全く何もできない、ただただ、一日中苦しがる母になりました
そして、それからの子育ては、何にもしていません
ただ、そばにいて、生きるのみ
それだけでした。2年間くらい、笑いもしない
運転もできなくなったので、自分で行けない習い事はやめてもらう事になりました
長女の水泳、あとは、双子娘の体操教室、双子姉の、造形教室をやめてもらいました。
特に、双子姉は、作る事が大好きで、造形教室をとっても気に入っていたので、辞めさせることになった時は、本当に辛かったです
ある時、寝かしつけしている時に、
「ほんとは辞めたくなかったな」と、ポツリと言って泣いていた時には、
悔しくて、自分が情けなくて、
「ごめんね、ごめんね」と抱きしめて一緒に泣く事しか出来ませんでした
外にも出れない、学校へ行くのは絶対無理なので、学校の役員も、免除してもらいました
授業参観や、行事は、旦那さんが行くか、実家の母に行ってもらいました
特に、病院へ連れて行けなかったのが、悔しかったです
外が怖いのです。病院は、自分の精神科でさえも待合室が怖くて行けないのに、子供を連れてなんで、もってのほか
子どもが苦しんでるのに、どうしても無理でした。情けなかった
食事は、症状がキツかった時は、旦那さんが買ってきたり、義母や、私の母も泊まりにきてくれて、何とかやりくりしていました
こんな私なので、辛いところを子どもに見せるのが苦しいし、思いたくないのに、消えたいと思うので、何度も、今の主治医に「入院させてください」と懇願しました
しかし、主治医は、「お母さんは、側にいるだけでも、良いんだ」という事で、ギリギリ入院を考えて、話し合った事もあったけど、何とか自宅で治療しました
旦那にも、どうしても入院したいと訴えたけど、そんな私を見て、長女が、泣きながら、
「ママ、入院だけは、しないで」と、言われた時、こんな笑わなく、何も出来ず、辛いところしか見せないママでも、側にいて欲しいと思ってくれるんだと気がつきました
でも、私の感情は、そんな子どもたちの為に、何とか生きなきゃ、頑張らなきゃとは思えませんでした
とても愛しくて愛してて、何よりも大事で、、、
でも、どうしても怖いんだよ、できないんだよ。こんなママで、ごめんね、ごめんね、、、でした
双子姉に関しては、その時、食べ物が飲み込めないという症状も出てたし、親族や友達のサポートはありながらも、家族みんな、精神的にも、ボロボロでした
そこから、だんだん、薄皮を剥がす様に、料理、洗濯、掃除、、、そして、子どもを連れて、近くのドラッグストアに行けるようにまでなりました
それから、できる事、やってあげられる事が増えてくるのですが、それが、嬉しくて、嬉しくて、感動して、、、
まぁ、いろいろあって、、、
今となっては、甘々な母が出来上がりました
と、ざっくりですが、こんな感じの子育てです。
今では、娘たちに、「生きてて、まぁ、息してれば良いよ」あとは、何でも良いよって感じに育ててます
ふあふあブルーベリーパンは、名前どおり、ふあふあでした
なので、作る時の生地がとーっても柔らかい
ヨーグルトミルクハーツは、少しさっぱりしたお味でした![]()
昨日のブログの続きですが、結局、午前中に、遠くの大学の寮で暮らしている、長女へ、冷凍便を送りました
送ったものは、たけのこご飯、中華おこわ、カレー、ウインナーロールパン、キャベツのおやきパン。
食料に困っているので、両手を広げて待ち構えているでしょう
勉強は、必ずさせていたし、長女に至っては、運動神経があったので、早くからテニスをやらせて、それこそ全国で活躍できる選手にするべく、幼稚園の頃から、チームに入らせて,家でも自主練をさせていました
送ったものは、たけのこご飯、中華おこわ、カレー、ウインナーロールパン、キャベツのおやきパン。
食料に困っているので、両手を広げて待ち構えているでしょう
せいろで蒸した、中華おこわ。
せいろで蒸すと、何だか美味しい![]()
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勉強は、必ずさせていたし、長女に至っては、運動神経があったので、早くからテニスをやらせて、それこそ全国で活躍できる選手にするべく、幼稚園の頃から、チームに入らせて,家でも自主練をさせていました
長女はどこでも側転する子でした
こちら、プールの帰り、小3の頃
習い事も、水泳、くもん、体操教室、進研ゼミそして、テニスでした
とにかく、教育に熱心な母。
しかし、長女が小3、双子娘が、小1の時に、うつ病になり、全く何もできない、ただただ、一日中苦しがる母になりました
そして、それからの子育ては、何にもしていません
ただ、そばにいて、生きるのみ
それだけでした。2年間くらい、笑いもしない
運転もできなくなったので、自分で行けない習い事はやめてもらう事になりました
長女の水泳、あとは、双子娘の体操教室、双子姉の、造形教室をやめてもらいました。
特に、双子姉は、作る事が大好きで、造形教室をとっても気に入っていたので、辞めさせることになった時は、本当に辛かったです
当時の作品、小1
等身大以上の、自画像
自由な発想を引き出してくれる、楽しい造形教室でした
ある時、寝かしつけしている時に、
「ほんとは辞めたくなかったな」と、ポツリと言って泣いていた時には、
悔しくて、自分が情けなくて、
「ごめんね、ごめんね」と抱きしめて一緒に泣く事しか出来ませんでした
外にも出れない、学校へ行くのは絶対無理なので、学校の役員も、免除してもらいました
授業参観や、行事は、旦那さんが行くか、実家の母に行ってもらいました
特に、病院へ連れて行けなかったのが、悔しかったです
外が怖いのです。病院は、自分の精神科でさえも待合室が怖くて行けないのに、子供を連れてなんで、もってのほか
子どもが苦しんでるのに、どうしても無理でした。情けなかった
食事は、症状がキツかった時は、旦那さんが買ってきたり、義母や、私の母も泊まりにきてくれて、何とかやりくりしていました
こんな私なので、辛いところを子どもに見せるのが苦しいし、思いたくないのに、消えたいと思うので、何度も、今の主治医に「入院させてください」と懇願しました
しかし、主治医は、「お母さんは、側にいるだけでも、良いんだ」という事で、ギリギリ入院を考えて、話し合った事もあったけど、何とか自宅で治療しました
旦那にも、どうしても入院したいと訴えたけど、そんな私を見て、長女が、泣きながら、
「ママ、入院だけは、しないで」と、言われた時、こんな笑わなく、何も出来ず、辛いところしか見せないママでも、側にいて欲しいと思ってくれるんだと気がつきました
でも、私の感情は、そんな子どもたちの為に、何とか生きなきゃ、頑張らなきゃとは思えませんでした
とても愛しくて愛してて、何よりも大事で、、、
でも、どうしても怖いんだよ、できないんだよ。こんなママで、ごめんね、ごめんね、、、でした
双子姉に関しては、その時、食べ物が飲み込めないという症状も出てたし、親族や友達のサポートはありながらも、家族みんな、精神的にも、ボロボロでした
そこから、だんだん、薄皮を剥がす様に、料理、洗濯、掃除、、、そして、子どもを連れて、近くのドラッグストアに行けるようにまでなりました
それから、できる事、やってあげられる事が増えてくるのですが、それが、嬉しくて、嬉しくて、感動して、、、
まぁ、いろいろあって、、、
今となっては、甘々な母が出来上がりました
と、ざっくりですが、こんな感じの子育てです。
今では、娘たちに、「生きてて、まぁ、息してれば良いよ」あとは、何でも良いよって感じに育ててます
強烈だった双子の反抗期も、だいぶ終わってきました。2人同時に反抗期になり、同時に終わっていくのね。
中学の頃は、目を合わせるだけで、「何よ💢」ってイラつかれたのに、今では、腕を組んで、「ママ〜聞いて〜」という様に
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今日の高2双子娘のお弁当🍙刺し子を添えて
たくさんバンバーグを作った時に冷凍してあったものです
お読みくださり、ありがとうございました
皆様が穏やかな日を過ごせます様に







