きれいごと。-ちょっとシュールな妊娠ブログ- -3ページ目

きれいごと。-ちょっとシュールな妊娠ブログ-

口に出さないで終わりそうなきれいごとを綴っていくブログ。
といいつつ、日常のメモも兼ねる予感。
主に、妊娠・出産・子育てがテーマ。書き手は、けっこう重度なアトピーを持った不健康な妊婦です。

面白い小説を読み、誰にすすめようか、誰から貸し回そうかと考えながら、満面の笑みを浮かべて顔をあげると、視界のかたすみに小さな生命体がうつる。
厚手の綿と大判のタオルに埋もれて、わすがに上下する塊。
我が子、生後5ヵ月。

正直、この生命体の扱い方がまだ、私にはよくわからない。
わからないが、基本、ただ寄り添っていればいいようである。
四六時中そばにいるのはしんどいけれど、そばに居さえすれば、なにをしていてもいいらしい。
今のところは。

そばにいれば、食事をしていようが、本を読んでいようが、まどろんでいようが問題ない。
時折声をきき、声をかけ、ちらりと視線をやればいい。
のっぴきならない用事があるとき、注目されたいときには、勝手に全力で呼んでくれる。
ずる賢く育ってしまった大人のように、無言ですねたり、気のないふりをすることはない。
求めるがまま、求めるだけ。
運悪く対応出来ないと(眠い、トイレ、なまもの調理中など)、この世があと10秒で終わるかのごとく泣かれるが、
抱き上げ、歌い、目と目を合わせれば、もう満面の笑みを浮かべる。


正直、簡単には辞められないが、世界で一番簡単な職業じゃないかとすら思う。
思うだけで、実際のところ、自分は毎日逃げ出したくなっているけれど、
やっぱり、そう、思う。
普通の生活。
誰にも気をつかわず、最低限の服装で、すきなものをすきなときに食べ、出来る限りをだらだらのんびりと過ごす。
化粧もスーツもいらない。満員電車も残業もない。接待もおせじも心無い謝罪もない。
ただ求められるのは、即時対応と無限大の応用力・体力、それと根性。
うん、だから、私には向いていないのかも、と書き出してみて思うが、
やりがいはある。
誰の評価も問題にならない、自分だけの地味な戦い。


それにしても、赤ん坊は偉大だ。赤ん坊は活力の源だ。
赤ん坊がそこにいれば、気難しい親父もオロオロうろたえ、寝たきりの老婆も、ちょっと歩行訓練しようか、なんて気分になる。
社会に出ても、みんながみんな、こんなに元気で素朴でストレートに生きていれば、
モノを吐いたり、手首を切ったり、人を無闇に傷つけたり騙したりしないんじゃないか、とさえ思う。
もちろんそれは、人の手を離れて肥大していく「社会」に適応していくことと、相反する願いではあるのだけど、
忘れてはいけない姿勢でもあると思う。

こんな視点をもたらしてくれた我が子に、
私は心から感謝を述べたい。
これから先、ささいなことでも、そうでないことでも、
いちいち驚き、うろたえ、壁に顔面を強打したような気分になるのだろうし、
私と我が子の関係が、どういう道程を辿って、どこに落ち着くのか、さっぱり見当もつかない。
けれども、やっぱり私は我が子を愛しているだろうし、
我が子もどこかでは、今私に満面の笑みを向けるその気持ちを、死ぬまで忘れないでいてくれると思う。
たとえそれが、遺伝子に組み込まれた、生命の本能であったとしても、
こんなに幸せな気持ちになれる瞬間があるんだもの、それでいいじゃない、と、私は思う。
うげ、と思われたらごめんなさい。

母乳で育ててるあかちゃんのウンチって、


煎茶のにおいがしませんか???


あの、やすいやつ!
黄色くて、粉っぽいやすいやつのにおい!


最初はね、私が(膵炎で油分がだめなせいで)ヘルシアスパークリングを頻繁に接種してるせいかと心配していたんですが、
ネットで調べたら、すっぱいにおいが普通らしく。
善玉菌がおおくて、腸が健康な証拠らしいです。

そう思うと、一時期はやった、キノコヨーグルト?みたいな臭いかも、と思いました。

でも、香ばしさもあって、
やっぱり、私にはカテキンのにおいってことで決着がつきそうです。


ちなみにミルク飲ませると飲ませただけドロドロになるし、
すっぱいにおいも減って、多少あまいミルクのかおりがしますね。

わかりやすすぎるっ。
断乳を2日したあと、
胸の傷は多少癒えていたのだが、
先週末の風邪で私の免疫機能がガタ落ちしたらしく、
再び浸出液まみれになった。

月曜、皮膚科にかかると「断乳か、せめて回数を半分に減らさないと治らない」とのお言葉。

今回ばかりは、痛みも強く、覚悟を決め、
産んだT大の母乳外来を翌日に予約して、へとへとになりながら受診。

結局、搾乳、ミルクを織り交ぜて、直母回数を減らす手段を3週間試すことにした。


が。

最初の2日間、娘は直母以外のなにからも栄養を摂取してくれなかった。
哺乳壜数種類をはじめ、コップ、カップ、スプーン、スポイト、吸い飲みまで試したが、
10ml,20mlがいいところで、とてもじゃないが目標の100ml、200mlなど飲ませられない。
(1回の哺乳量が160-200mlのはずで、補足したあと直母を片方すれば100mlでOKという計算)

途方に暮れる。
途方に暮れすぎて、搾乳が1滴も出なくなり、さらに絶望。
そもそも、傷が痛すぎて「娘がおなかすいたって泣かなきゃいいのに」とネガティブな気持ちになったのを危惧してとった善後策だったはずが、
同じ気持ちを、更に強く抱く羽目になる。
でも、めげて直母すれば、いずれ抉れて、化膿し、一気に断乳になるだろう。
そうしたときの娘の嘆きを思えば(本人は考えもしていないだろうが)、まだまし。

と、わかっていても辛く、
食事もノドを通らなくなり、余計に搾乳が取れなくなる。
やせ細っていく娘と私。

見かねた旦那が金曜日から3日間、休みを作ってくれた。
娘と向き合い続けているのもつらく、また自分が居なければ諦めて飲むかも知れないという希望も抱いて、
兼ねてからの持病の治療に行ったりして、すこし気力が回復。
娘も、哺乳すれば直母があるし、その方が母親が笑うらしい、と気づいて、哺乳壜からも飲んでくれるようになった。
ただし、たくさん飲むと直母が貰えないということにも気づき、100ml以上はけして飲んでくれない。時にはミルクだと一口も飲まない。
本当は眠くてぐずってるときにだけ胸を使いたいのだが、どうしても無理で、ぐずっているときは抱っこで歌ったり、散歩に行くしかなくなった。

で、助けのあった3日間ももう終わり。
明日から本当にやっていけるのだろうか。
多分、卒乳までこの生活が続くと思う。
直母に加え、搾乳、調乳、洗浄と、授乳にかかる時間は3倍になり、家事もままならない。

 歯が生えてきたら?
 夜泣きがはじまったら?
 ハイハイが出来るようになって胸をめくって飲むようになったら?
 それ以前に、長時間の外出のときはどうしよう?哺乳壜で済むの?正しい体勢で飲んでくれる?薬やガーゼはりなおせる?
考えはじめると、いつか落ちるとわかっていながら、崖のふちに手をかけてあえいでいるような気持ちになってくる。
今すぐ手を離した方が、みんな笑顔になるんじゃないか。
そういう気持ちが何度も何度もこみ上げてくるが、やっぱりそれはまだあまりにも悔しくて、悲しくて、今踏み切ったら後悔するだろうと思う。
あんまり自分を追いつめないようにしたいのだが、ちょっと今自信がない。

それでも、予防接種や検診など、必要なイベントは日々迫ってくるし、家事もあるし、
もうなにから手をつけたらいいのやら。なにがベストなのやら。

喉元過ぎれば「結構大変だったのよー」で済むとわかっていつつも、
たいへん翻弄されている日々です。