結婚準備のひとつである調理道具は、
慶子と一緒に習っていたお料理教室のものが使いやすく、
気に入っていたので、街まで買いに行くことにした。
しかし、平日のお昼に街まででかける
もうひとつの目的もあった。
彼に会えたら…という望みであった。
ボールや泡立て器、計量スプーン…
紙袋がいっぱいになるほど色々買った。
買い物をさっさと終え、
ドキドキしながら、まだ繋がるかな?
と、専用電話にかけてみた。
かかった。
「もしもし…」
彼の声だ。
久しぶりに聞く声は懐かしく、とても愛しい。
「あ、私…。今、こっちに出てきてるけど、会える?」
会社が近いので、お昼休みに出てきてくれるというのだ。
彼とホテルのレストランに入り、
彼はランチを、私は母が用意してるからと、
コーヒーだけにした。
いつもの彼だった。
引きずっているのは、私だけだと思った。
結婚前の女性は一番綺麗だと言われるが、
私のこと、彼の目には、どんな風に映ってるのだろうか?
綺麗?
幸せそう?
横に置いていた紙袋から、
さっき買ったばかりの道具が見えていた。
「そんなの見せるなよ。」
そんなことを彼は言った。
嬉しかった。
別れ際、彼は、痛いほど私の手をしっかり握り、
「元気で…。」
と、行ってしまった。
もう、一生会うことはない。
「待って!『結婚するな』って言って!」
と彼を追いかけることはできなかった。
彼の背中を見送ることもしないで、
こみあげる彼への想いと、
溢れそうな涙を必死で堪え、
人混みの中、新生活のための道具を抱えて、
私は反対の方に歩いて行った。