【リコネクション】
今日はリコネクションのセッションでした。
リコネクションをさせていただく時間は、
わたしにとってもとても気持ちのいい時間になります。
終わったあと、自分の身体がラクになっている感じがします。
長野の戸隠近くの飯綱の山をみながら、できるセッションは至福の時です。
今日のお客さまは、リコネクションがはじまったら、
・頭が痛くなってきたけれど、その後、す~っとラクになってきた。
・肩の痛みがあったけど、それもラクになった気がする
とおっしゃってました。
72時間以内に、2回目のセッションをして、しっかりとリコネクトします。
次回は、月曜日。
そして 、明日、あさっては、
とても楽しみな週末になりそうです。
【できると思うとできる】
ワードを打つことは、とても簡単になりましたが、
コンピューターの機能をいじることはとっても苦手。
かまったら、すべて消えるんじゃないか?
ききなれない言葉の連続で、よく分からない。
これは、オグちゃんに頼むしかない。
といつも、最初から万歳宣言をしながら頼んでました。
ぶつぶつと文句を言われながらもやってくれる。
「僕も、知らないけど、研究しながらやってるんだから。。」
と。。。
それでも最近、やみくもにいじることが多くなり、
適当にやっても、間違っても、大きな問題にはならなそうだという
ことに気がつき、自分で機能をいじるようになった。
あいかわらず、用語は理解不能なので、失敗しながら
適当にやっているのですが。。。
その成果が新しいヘッダー
コンピューターの機能をいじることはとっても苦手。
かまったら、すべて消えるんじゃないか?
ききなれない言葉の連続で、よく分からない。
これは、オグちゃんに頼むしかない。
といつも、最初から万歳宣言をしながら頼んでました。
ぶつぶつと文句を言われながらもやってくれる。
「僕も、知らないけど、研究しながらやってるんだから。。」
と。。。
それでも最近、やみくもにいじることが多くなり、
適当にやっても、間違っても、大きな問題にはならなそうだという
ことに気がつき、自分で機能をいじるようになった。
あいかわらず、用語は理解不能なので、失敗しながら
適当にやっているのですが。。。
その成果が新しいヘッダー
ど素人のわたしからすると、すご~~い、と感激したんだけど。。
アメブロのヘッダー部分が、他のひとたちは自分の顔とか、
オリジナルのものにしてあって、あれやってみたいという好奇心から
何度もチャレンジしてきましたが、いつも撃沈してました。
久々に挑戦したら、できた~~~。感激~~。
次にやってみたいのは、
HPにフラワーエッセンスの商品をならべること。
http://
忙しくって、手がつけられなかったけど
(何もしていない。。)
冬ごもりを前に、ちょっとずつはじめようと思っております。
38種類、わかりやすい言葉でならべてみたいと思ってます。
「できる」という感覚をつかむと、
できるもんだなあ、と実感してます。
【過去、現在、未来】
昨日は、次男にお祝いコメントありがとうございました。
次男も、メッセージを読んで、「ありがとうって、書きたいよ。うれしいなあ」と言ってました。本当にありがとうございます
今でこそ、幸せな家族を築いていますが、壮絶な日々を送っていた時期がありました。
もともとは、サドベリーのこともライフワークのことも、全くしらない 親でした。
次男も、メッセージを読んで、「ありがとうって、書きたいよ。うれしいなあ」と言ってました。本当にありがとうございます
今でこそ、幸せな家族を築いていますが、壮絶な日々を送っていた時期がありました。
もともとは、サドベリーのこともライフワークのことも、全くしらない 親でした。
普通に学校に行って、楽しめたらいい。
自分も、学校はいやだったけど、行くしかなかったから行ってたし。
そんな考えを持っていました。
そんな中、次男が当時小学校一年のころ、「行きたくない~」
がはじまり、朝になるとビクビクしてました。親も子も。
「ああ~~、学校に行かなくてどうなるんだろう?」
「学校に行かせなくては」
なだめたり、怒ったり、いろいろな方法で学校に通わせていました。
ところがある時、「お母さんのことを嫌いになれたら、どんなにいいのに」
と言いながら、泣きだしてしまいました。ふつうの泣き方ではなく、
大暴れの泣き方。
わたしは、息子の言葉にショックを受けて、ようやく自分のとってきた
行動がどれだけ彼を傷つけていたのかを知りました。
ここでやっと目が覚めました。
あんなにひどい母だったのに、息子はそれでも、そんな言葉をくれた。
本当に息子の愛の深さ、大きさに圧倒されました。
自分のとってきた行動を本当に深く、深く反省し、
息子の声をしっかりきくようになりました。
息子は、学校で何があったわけでもないようですが、
彼の中で、「そこは自分のいる場所ではない」「居心地が悪い」
とずっと悟っていたような気がします。
私は、それでも行かなければならないという、自分の観念に縛られて
本当の息子の声を聞こうとしなかった。聞くのが怖かったのだと思います。
普通の生活でなくなることが、怖かった。
(今になって思えば、今が普通で、そうでないことの方が怖いのですが。。)
この次男のとった行動のおかげで、私たち家族は本当につながりはじめました。タイミングよく、本田健さんの著書とも出会い、長野の学校をみつけ、
とっても小さな小さな学校だったけど(旧校舎)あたたかい学校で、
「ここに行きたい」という息子の意見で、鹿児島から長野まで移住することができました。
その後、本物の本田健さんと出会い、人生は大幅なシフトをするようになったのですが、出会うことができたのも、息子のおかげ。
そして、八ヶ岳へ移住しようと思っているのも、息子が「サドベリーに通いたい」と言いだしたおかげ。
重大な決断を、息子がすごい力で後押ししてくれていると思っています。
すでに、私の中には、「学校」「必須」という観念はなくなっています。
「自由」「才能」「仲間」こういうものが子供たちが、生きていくうえで
必要なものだという観念になっています。この部分では、ぶれることがないので、こんな生活を送っていても、誰かにへんなことを言われることは
ほぼありません。うらやましい、と相談を受けることの方が多いです。
「親が決断できないときに、子供が違う方法で教えてくれることがある」
ということをきいたことがあります。子供の声、行動に本気で耳を傾けると、天使が舞い降りたような「真実の話」しているように思います。
「そうなりたいけど、現実は無理だろう」という思いこみだけが、
邪魔してたように思います。
息子達一人一人、そして、生まれてこなかった赤ちゃんも、
すべて私たちにギフトを持って生まれてきてくれました。
本当に、息子達には感謝の言葉ばかりです。
大事な子供たち、そして、世界中の子供たち、
みんなギフトを持って生まれてきていると思います。
子供が虐待、いじめ、自殺そんなことに苦しむことがない世の中に、
それは最大の私のテーマだと思ってます。
自分も、学校はいやだったけど、行くしかなかったから行ってたし。
そんな考えを持っていました。
そんな中、次男が当時小学校一年のころ、「行きたくない~」
がはじまり、朝になるとビクビクしてました。親も子も。
「ああ~~、学校に行かなくてどうなるんだろう?」
「学校に行かせなくては」
なだめたり、怒ったり、いろいろな方法で学校に通わせていました。
ところがある時、「お母さんのことを嫌いになれたら、どんなにいいのに」
と言いながら、泣きだしてしまいました。ふつうの泣き方ではなく、
大暴れの泣き方。
わたしは、息子の言葉にショックを受けて、ようやく自分のとってきた
行動がどれだけ彼を傷つけていたのかを知りました。
ここでやっと目が覚めました。
あんなにひどい母だったのに、息子はそれでも、そんな言葉をくれた。
本当に息子の愛の深さ、大きさに圧倒されました。
自分のとってきた行動を本当に深く、深く反省し、
息子の声をしっかりきくようになりました。
息子は、学校で何があったわけでもないようですが、
彼の中で、「そこは自分のいる場所ではない」「居心地が悪い」
とずっと悟っていたような気がします。
私は、それでも行かなければならないという、自分の観念に縛られて
本当の息子の声を聞こうとしなかった。聞くのが怖かったのだと思います。
普通の生活でなくなることが、怖かった。
(今になって思えば、今が普通で、そうでないことの方が怖いのですが。。)
この次男のとった行動のおかげで、私たち家族は本当につながりはじめました。タイミングよく、本田健さんの著書とも出会い、長野の学校をみつけ、
とっても小さな小さな学校だったけど(旧校舎)あたたかい学校で、
「ここに行きたい」という息子の意見で、鹿児島から長野まで移住することができました。
その後、本物の本田健さんと出会い、人生は大幅なシフトをするようになったのですが、出会うことができたのも、息子のおかげ。
そして、八ヶ岳へ移住しようと思っているのも、息子が「サドベリーに通いたい」と言いだしたおかげ。
重大な決断を、息子がすごい力で後押ししてくれていると思っています。
すでに、私の中には、「学校」「必須」という観念はなくなっています。
「自由」「才能」「仲間」こういうものが子供たちが、生きていくうえで
必要なものだという観念になっています。この部分では、ぶれることがないので、こんな生活を送っていても、誰かにへんなことを言われることは
ほぼありません。うらやましい、と相談を受けることの方が多いです。
「親が決断できないときに、子供が違う方法で教えてくれることがある」
ということをきいたことがあります。子供の声、行動に本気で耳を傾けると、天使が舞い降りたような「真実の話」しているように思います。
「そうなりたいけど、現実は無理だろう」という思いこみだけが、
邪魔してたように思います。
息子達一人一人、そして、生まれてこなかった赤ちゃんも、
すべて私たちにギフトを持って生まれてきてくれました。
本当に、息子達には感謝の言葉ばかりです。
大事な子供たち、そして、世界中の子供たち、
みんなギフトを持って生まれてきていると思います。
子供が虐待、いじめ、自殺そんなことに苦しむことがない世の中に、
それは最大の私のテーマだと思ってます。