【過去、現在、未来】
昨日は、次男にお祝いコメントありがとうございました。
次男も、メッセージを読んで、「ありがとうって、書きたいよ。うれしいなあ」と言ってました。本当にありがとうございます
今でこそ、幸せな家族を築いていますが、壮絶な日々を送っていた時期がありました。
もともとは、サドベリーのこともライフワークのことも、全くしらない 親でした。
次男も、メッセージを読んで、「ありがとうって、書きたいよ。うれしいなあ」と言ってました。本当にありがとうございます
今でこそ、幸せな家族を築いていますが、壮絶な日々を送っていた時期がありました。
もともとは、サドベリーのこともライフワークのことも、全くしらない 親でした。
普通に学校に行って、楽しめたらいい。
自分も、学校はいやだったけど、行くしかなかったから行ってたし。
そんな考えを持っていました。
そんな中、次男が当時小学校一年のころ、「行きたくない~」
がはじまり、朝になるとビクビクしてました。親も子も。
「ああ~~、学校に行かなくてどうなるんだろう?」
「学校に行かせなくては」
なだめたり、怒ったり、いろいろな方法で学校に通わせていました。
ところがある時、「お母さんのことを嫌いになれたら、どんなにいいのに」
と言いながら、泣きだしてしまいました。ふつうの泣き方ではなく、
大暴れの泣き方。
わたしは、息子の言葉にショックを受けて、ようやく自分のとってきた
行動がどれだけ彼を傷つけていたのかを知りました。
ここでやっと目が覚めました。
あんなにひどい母だったのに、息子はそれでも、そんな言葉をくれた。
本当に息子の愛の深さ、大きさに圧倒されました。
自分のとってきた行動を本当に深く、深く反省し、
息子の声をしっかりきくようになりました。
息子は、学校で何があったわけでもないようですが、
彼の中で、「そこは自分のいる場所ではない」「居心地が悪い」
とずっと悟っていたような気がします。
私は、それでも行かなければならないという、自分の観念に縛られて
本当の息子の声を聞こうとしなかった。聞くのが怖かったのだと思います。
普通の生活でなくなることが、怖かった。
(今になって思えば、今が普通で、そうでないことの方が怖いのですが。。)
この次男のとった行動のおかげで、私たち家族は本当につながりはじめました。タイミングよく、本田健さんの著書とも出会い、長野の学校をみつけ、
とっても小さな小さな学校だったけど(旧校舎)あたたかい学校で、
「ここに行きたい」という息子の意見で、鹿児島から長野まで移住することができました。
その後、本物の本田健さんと出会い、人生は大幅なシフトをするようになったのですが、出会うことができたのも、息子のおかげ。
そして、八ヶ岳へ移住しようと思っているのも、息子が「サドベリーに通いたい」と言いだしたおかげ。
重大な決断を、息子がすごい力で後押ししてくれていると思っています。
すでに、私の中には、「学校」「必須」という観念はなくなっています。
「自由」「才能」「仲間」こういうものが子供たちが、生きていくうえで
必要なものだという観念になっています。この部分では、ぶれることがないので、こんな生活を送っていても、誰かにへんなことを言われることは
ほぼありません。うらやましい、と相談を受けることの方が多いです。
「親が決断できないときに、子供が違う方法で教えてくれることがある」
ということをきいたことがあります。子供の声、行動に本気で耳を傾けると、天使が舞い降りたような「真実の話」しているように思います。
「そうなりたいけど、現実は無理だろう」という思いこみだけが、
邪魔してたように思います。
息子達一人一人、そして、生まれてこなかった赤ちゃんも、
すべて私たちにギフトを持って生まれてきてくれました。
本当に、息子達には感謝の言葉ばかりです。
大事な子供たち、そして、世界中の子供たち、
みんなギフトを持って生まれてきていると思います。
子供が虐待、いじめ、自殺そんなことに苦しむことがない世の中に、
それは最大の私のテーマだと思ってます。
自分も、学校はいやだったけど、行くしかなかったから行ってたし。
そんな考えを持っていました。
そんな中、次男が当時小学校一年のころ、「行きたくない~」
がはじまり、朝になるとビクビクしてました。親も子も。
「ああ~~、学校に行かなくてどうなるんだろう?」
「学校に行かせなくては」
なだめたり、怒ったり、いろいろな方法で学校に通わせていました。
ところがある時、「お母さんのことを嫌いになれたら、どんなにいいのに」
と言いながら、泣きだしてしまいました。ふつうの泣き方ではなく、
大暴れの泣き方。
わたしは、息子の言葉にショックを受けて、ようやく自分のとってきた
行動がどれだけ彼を傷つけていたのかを知りました。
ここでやっと目が覚めました。
あんなにひどい母だったのに、息子はそれでも、そんな言葉をくれた。
本当に息子の愛の深さ、大きさに圧倒されました。
自分のとってきた行動を本当に深く、深く反省し、
息子の声をしっかりきくようになりました。
息子は、学校で何があったわけでもないようですが、
彼の中で、「そこは自分のいる場所ではない」「居心地が悪い」
とずっと悟っていたような気がします。
私は、それでも行かなければならないという、自分の観念に縛られて
本当の息子の声を聞こうとしなかった。聞くのが怖かったのだと思います。
普通の生活でなくなることが、怖かった。
(今になって思えば、今が普通で、そうでないことの方が怖いのですが。。)
この次男のとった行動のおかげで、私たち家族は本当につながりはじめました。タイミングよく、本田健さんの著書とも出会い、長野の学校をみつけ、
とっても小さな小さな学校だったけど(旧校舎)あたたかい学校で、
「ここに行きたい」という息子の意見で、鹿児島から長野まで移住することができました。
その後、本物の本田健さんと出会い、人生は大幅なシフトをするようになったのですが、出会うことができたのも、息子のおかげ。
そして、八ヶ岳へ移住しようと思っているのも、息子が「サドベリーに通いたい」と言いだしたおかげ。
重大な決断を、息子がすごい力で後押ししてくれていると思っています。
すでに、私の中には、「学校」「必須」という観念はなくなっています。
「自由」「才能」「仲間」こういうものが子供たちが、生きていくうえで
必要なものだという観念になっています。この部分では、ぶれることがないので、こんな生活を送っていても、誰かにへんなことを言われることは
ほぼありません。うらやましい、と相談を受けることの方が多いです。
「親が決断できないときに、子供が違う方法で教えてくれることがある」
ということをきいたことがあります。子供の声、行動に本気で耳を傾けると、天使が舞い降りたような「真実の話」しているように思います。
「そうなりたいけど、現実は無理だろう」という思いこみだけが、
邪魔してたように思います。
息子達一人一人、そして、生まれてこなかった赤ちゃんも、
すべて私たちにギフトを持って生まれてきてくれました。
本当に、息子達には感謝の言葉ばかりです。
大事な子供たち、そして、世界中の子供たち、
みんなギフトを持って生まれてきていると思います。
子供が虐待、いじめ、自殺そんなことに苦しむことがない世の中に、
それは最大の私のテーマだと思ってます。