kyottides的 喜怒哀楽 -35ページ目

kyottides的 喜怒哀楽

一年余りにわたって 開店休業状態 でしたが、そろそろ、また、あれやこれやと綴ってみようかなと思い始めています。よろしくお願いします。

 アメバの「なう」もTwitterも、今まであまり熱心ではなかったのだけれど、今日は、いつもペタに付き合ってくれている皆さんにフォローをかけてみました。ペタを送る時に、なうフォローも一緒に送ってみたわけです。
 で、すごく嬉しいことに、たくさんの人がフォローを返してくれました。
 それで、思ったのですが、登録人数が多くなると、すごく楽しくなりますね。ブログのコメントやメッセージなどに比べて気楽な感じだし、オシャベリしやすくなる感覚です。

 皆さん、ありがとう。これから、よろしくお願いします。 

 今日は、ホントに一曲だけ。
 なぜか、時々思い出すリズム、メロディです。やっぱり、60年代後半の空気感だからでしょうかね。

The Zombies - Time Of The Season (1968)

 傲慢と卑屈とは、同じ態度の裏表であることは、あの官房長官の態度、発言によく表れている。

 中国漁船の船長は解放しておきながら流出ビデオの「犯人」に対しては強権的に振る舞おうとしたり、国会答弁での官僚の発言に対して「(彼の)将来を失うような発言」などと恫喝して、謝罪文騒ぎになったり、その発言と態度は、ほんの数カ月の間に、数え切れないほどボロボロと問題化している。
 今日は今日で、自衛隊のことを暴力装置だと発言したことを突っ込まれて、即座に撤回するなど、問題になった。

 自衛隊が軍事組織であって、暴力装置であることは、紛れもない事実である。それを右翼どもに突っ込まれて実力組織などと、右翼用語に屈服するなど、この官房長官をやっている男が、いかに、いい加減な政治家であるか、国家論のまともな論争の一つも出来ない男であるか、そのインチキ政治家ぶりにはもう、ウンザリするのである。

 仙谷由人が、東大全共闘崩れだということは、もう、それなりに知られているが、「全共闘」なる集団は、ブル新(ブルジョア新聞)から「新左翼」などともてはやされたものの、その実は、極左暴力集団、あるいはエセ左翼、ニセ左翼であったことが、その後の歴史で証明されてしまっている。
 参議院議長に収まって澄まし顔をしていた江田五月でさえ東大総長室占拠事件を起こしたほどの跳ねっ返りだったが、仙谷には、そういう「武勇談」は乏しい。最も弱腰のブントという左翼気取りにすらなりきれない半端な勢力の一員にすぎなかったのだから。

 極左などというのは、日本に限らず、通常、どこの世界でも、冒険主義と言われ、大衆運動(民主運動や労働運動)が高揚した時にはいつも、その跳ねっ返りぶりで、運動の暴動化を挑発し、警察や軍隊の動員を誘い込む役割を担う利敵行為を働く集団として、大衆の味方などではなく、浮き上がった存在であった。
 日本で有名なのが60年安保の時の国会突入事件であり、大学紛争の際の東大全共闘であり、その後迷走を続けた「新左翼」のなれの果てとしての日航よど号ハイジャック事件、連合赤軍事件等々であった。成田闘争、狭山事件など、極左集団の介入によって闘いが暴力化した事例は数多くあった。その度に大衆的な支持を失い、一部の偏狭な人間による特殊な闘いであるかのように描き出されていくことになった。
 だから、ブル新は、彼らをはやし立て、典型的な右翼の中曽根康弘などは「新左翼の連中は泳がせておいた方がいい。その方が、共産党が支持を減らすのだから」と、“泳がせ発言”をしたのでもあった。

 そんな中で、彼らは、まともな哲学、政治、国家を語ることもできず、大半は体制内勢力に埋没していった。中でもタチが悪いのが、民社党だの社会党だのの体制補完政党に潜り込んでいった連中であった。労働組合では御用組合の幹部と化して労働者の側ではなく経営側の利益擁護のために働き、政界では野党ヅラをしながら、自民党政治への妥協の先頭に立ってきたのだった。

 左翼気取りをしていながら、まともな国家論を学ぶこともなかったいい加減な人間の象徴が、あのマルクスが使った言葉で、左翼用語とみなされることが多い「暴力装置」という発言である。
 自分から発言した用語でありながら、舌の根も乾かぬうちに発言を撤回するような、単に挑発的に言葉を振り回してみせただけの日和見主義の典型である。または、マルクスの国家論等について生半可な知識をひけらかしただけである。

 国家というものが組織され正当化された暴力のことであり、その暴力を担うのが軍隊、警察、司法なのだというのは、古今東西、歴史の真実であり、警察力が国内の治安を担う暴力であるのに対して軍事力は対外的な暴力であるとともに時として警察力では補いきれない事態に際して国内にも向けられる暴力であることは、世界中の事実が物語っている。
 そういう組織であることから、その特徴的な性格を表現する言葉が暴力装置なのである。

 これを実力組織と、言い換えることで、その暴力的性格を誤魔化そうというのが、外敵が襲ってくるぞと煽りたてるのが好きで、戦争をしたくて仕方のない右翼どもなのである。国防という美名を掲げることで、好戦的な機運をかき立てようとしている諸君にとっては、自衛隊だけは実力組織なのである。だが、その彼らにとっても、中国軍やロシア軍、北朝鮮軍は、暴力装置であることに異論はないのだ。

 しかし、むしろ、軍隊、自衛隊とは、殺人と破壊を本来任務とする暴力装置であることを、誰もが自覚することこそが必要なのである。それによってこそ、暴力行使の酷さ、非情さ、悲惨さを覚醒させるべきなのである。それによってこそ、日本と世界の軍隊に対する関心と監視の目を鍛えることになるのである。それでこそ、自衛隊員、警察官の自覚と自制を高めることになるのである。それでこそ、平和を希求する勢力を広げることになるのである。
 従って、「暴力装置」という発言を巡ってこそ、国家論、軍事論、外交論を国民の前で白日のもとに明らかにしていく好適な単語なのである。だが、仙谷のあのブザマな日和見主義は、いとも簡単に、単なる挑発だけで尻尾を巻いてしまったのだ。

 この対極にあるのが、軍隊による兵士の訓練である。
 日本の軍隊でも、中国戦線などで殺人を経験した兵士が精神的な疾患に見舞われることが少なくなかったにもかかわらず、これを臆病者であるとか非国民として非難することしかできなかった。
 ベトナム戦争の帰還兵に精神異常をきたすものが多く、兵役を終えたのちに社会復帰できないとか悲惨な事件を起こす例が絶えなかったことから、アメリカの軍隊では、メンタル・トレーニングを重視する必要に迫られ、とくに、殺人に対する罪悪感や感受性を鈍らせるカリキュラムと訓練に力を入れるようになった。
 今では、アメリカ本国からの遠隔操作による無人兵器で行うイラクやアフガニスタンでの殺人行為をゲームのように楽しむ者まで生み出している。これなら、女性でも操縦できるということで、この武器の操縦を「楽しんでいる」女兵士たちすらいるほどである。


 ところで、今日の午後の、自民党の丸川珠代の国会質問。自衛隊が暴力装置だということが「平和憲法に背く」とかシビリアン・コントロールの否定だなどという発言は、言いがかりもいいところである。この女の自民党ぶりも、恐れ入ったものである。
 こういう挑戦をしてくる女に対して、まともな論争も出来ないのが、あの管直人であり仙谷由人なのだ。臆病者どもがっ。
 前回の 「恥ずかしくない?」 に続いて、政治家の変節ぶりをとりあげようと思っていたのだが、その前に、厚顔無恥について、続きを書きたくなるような事態があまりにも多すぎる。

 厚かましさについては、芸能界も政界も、その世界に身を置くうちに腐敗してしまった人々のタカリ体質をとりあげた。名前は伏せたものの、ヒントだけは挙げておくとすれば、あのタカリ体質のマダム達は、いずれも自民党に象徴される政治的保守主義者たちである。お水界から大統領夫人になっちゃったあのバアサンも、このたぐいの一人としての噂が絶えないことも含めて、有名でもある。(って、名前を明らかにしたようなもの、か。だが、この人物については、世界中のスパイが動き回り、怪死事件も相次いだ魑魅魍魎=ちみもうりょう=の魔界だった、あの赤坂・六本木の出身であり、大統領にあてがわれた女となったのも、あの戦中・戦後のスパイ組織、児玉機関が絡んでいたとなれば、単に、えげつないバアサンであるよりも、謀略に満ちた経歴が垣間見えることの方が重要である。)

 だが、厚かましさについては、もうひとつ、開き直りぶりをとりあげておく必要があるだろう。そのサンプルを幾らでも提供してくれているのが民主党である。
 相次いだ暴言で、国会の場で謝罪文を読み上げさせられた官房長官など聞いたことがない。「二位じゃダメなんですか」発言で失笑を買ったうえに、わけのわからないヤクショの大臣になって有頂天になり、国会内で雑誌モデルをやってしまった客寄せパンダも、「政治活動の一環だ」などと開き直った。
 そして今度は、法務大臣の失言問題である。自民党の石破茂などは呆れ果てて「語るに落ちるとはこのことだ」と、不快感という以上に軽蔑を込めた怒りを吐き捨てている。にもかかわらず、居直るあの大臣の厚かましさは、民主党の体質を象徴するものの一つとなった。

 管内閣の支持率も30%を割った。いよいよ、国民的な気分感情、要求とは掛け離れた存在であることが浮き彫りになってきた。この政府がこれ以上、判断力のまずさを積み重ねる前に、なんとかしないと、国民全体がとんでもない事態に巻き込まれかねない、という危機感が高まっていると思う。
 内閣に対する不支持の意味が、単に「任せるには頼りない」のではなく「このままでは危険だ」という深刻さを帯びているのが今の情勢の特徴なのである。

 民主党という名前とは裏腹の非民主体質が、同床異夢の者たちの野合集団だという成り立ちから生まれていること、そのために、党内も政権も意思疎通、情報流通に欠けていること、だからこそ、個人の資質が露呈しやすく、政府としても政党としても各人バラバラで、組織としての判断力を誤ることが多すぎること。
 これが、今の中央政権の問題なのである。パイプも根回しもないためにギクシャクが表面化している外交上の諸問題も、こういう体質から生まれていることは明白である。
 最近、管直人が“裸の王様”状態にあることを嘆いて、「総理という立場に立つと、情報が入ってこなくなる」と漏らしたことがあった。
 だが、それでは本質をつかんでない。情報が入ってこなくなるのは、総理だからという一般論が当てはまるのではなく、民主党による総理だからという個別的な特徴なのである。そして、そう嘆かざるを得ないこと自体が、この内閣の危険信号なのである。

 TPPに対する反対集会が開かれ始めているように、管政権に対する反対運動が、さまざまな問題を通じて広がることで、倒閣運動に発展していくだろう。いま、その兆しが見え始めているのではないか。
 さっきのニュースによると、情報の入ってこない管直人が今日からサイトを立ち上げるらしい。直接、国民と接したがっているらしいのだが、思惑とは反対に、“炎上”騒ぎになるかもしれない。そんなサイトを今更立ち上げること自体が、KYの最たるものだろう。
 「てめぇ、人をなめんなよっ」と、言いたい。

 久しぶりに名曲を楽しもうかと、選んでみました。
 今回は、映画音楽です。最後に一曲、映画音楽のような雰囲気いっぱいの「スラブ舞曲」も“耳直し”につけたしてみました。
 サスペンス映画の「シャレード」にしても、いかがわしい映画だった『世界残酷物語』の「モア」にしても、きれいな曲を作っていたんですねぇ、60年代は。
 「ララのテーマ」の『ドクトル・ジバゴ』は、ソ連時代の作家パステルナークの作品ですが、この人もまた、ノーベル賞作家で、亡くなった後、遺族が賞を受け取りました。この賞の選考自体が、やはり、極めて政治的な出来事でもありました。

シャレード


Charade(1963)
Breakfast at Tiffany's(1961)

moon river-breakfast at tiffany´s


Mondo Cane(1962) - More Ti guardero nel cuore


Lara's Theme


スラヴ舞曲 第10番 ホ短調 ドヴォルザーク

 何から始めようかと思った時に、過去の思い出をつづってみようという気になった。
 珍しくもない話かもしれないし、本当のことだとは思えない人もいるかもしれないが、とりあえず、小説風に描いてみることにした。
 ところで、「アメンバー限定記事」は、頻繁に投稿するのも、あまりいい印象ではないだろうから、この投稿の編集を繰り返すことで続きものを積んでいこうと思う。また別の話を立てる時には、また別の投稿になるだろうが、一つの話題の続きものである限りは、ここでの編集の積み重ねにしていく予定だ。

No.1  輝きのある年頃


No.2  楽しみの始まり


No.3 予想外の一言


No.4 いそいそと

 いつかは終わるはずだった連勝記録。それが、今日だとは、誰も予想していなかったと思います。
 まあ、白鵬は、よく初日に負けたりしていたから、序盤に弱い彼らしさが出たのかもしれません。
 対して、稀勢の里は、日本人力士のホープと言われながら、もう、何年も足踏みしているのだから、このままイマイチで終わっちゃう力士なのかと思っていたのですが、白鵬に対しては善戦してきたし、こういう場面で脚光を浴びるのだから、千代の富士に引退の引導を渡した貴乃花のように、華のある力士だろうと思います。だから、もっと、精進して、大関、横綱に駆け上がってほしいんだけど・・・。

 『おーいお茶・濃い味』で、ご飯を炊いてみました。

 オバマ大統領の古都・鎌倉の思い出が抹茶アイスだったということで、さっそく、抹茶アイスや抹茶ソフトクリームが人気になっているそうですが、「ふうーん、お茶ねぇ」とか思っているうちに、これでご飯を炊いてみようかな、と、早速試してみました。
 水の代わりに『おーいお茶・濃い味』のペットボトルのお茶500mlをオカマに注いで炊いてみました。コメ三合にちょうどいい分量でした。

 で、炊き上がったご飯を食してみると・・・。
 ・見た目は、炊き込みご飯風
 ・味は、やっぱり、ほんのり、お茶っぽい
 ・もち米を混ぜたのかと思うほど、ツヤがあって粘り気のあるご飯
といった感想です。

 お茶で炊くのも悪くない、とも思いましたが、こればっかり食べ続けるのも飽きてしまいそう。炊き込みご飯には、やはり、きのこ類とか、栗とか、なにか具材が入っていないと、楽しくないなぁと思いました。

 先刻のアメンバー限定記事の内容は、以下の通りです。×印の伏字になっている部分が、まあ、ヒミツ、かな。


 時折「アメンバー限定記事」を書いている人がいて、その内容を読んでみたいと思うこともあるけれど、基本的には、わざわざ、そのためにアメンバー申請しようとまでは思わない。
 そういう記事というのは、極めてプライベートなことで、理解と信頼のある間柄の人にだけ、読んでもらいたいのだろうから、そういうプライバシーに踏み込もうとは思わないのだから。

 でも、どうして、アメンバー限定記事を書こうと思うのだろう。もし、自分がこういう限定を設けて書いてみたいとすれば、それこそ、男女の仲について、くらいしか思い浮かばない。
 書いてみようかな・・・。

 たぶん、読んだ人が動揺するような内容になるだろう。ほんの何人しかいないが、今までアメンバーになってくれている人には不快感を与えることになるかもしれない。もし、そうであるならば、アメンバー・リストから削除してもらいたいし、その旨を連絡してくれたら、こちらからもメンバー削除しようと思う。

 この限定を設けて書くのは、男女観と倫理観と、つまり、セックスと犯罪とについて、ということにしよう。
 何だって? そんなことしたの? そんなこと考えてるの? というような話である。

 それでも良ければ、そして、信頼できると判断した人であれば、アメンバーとして迎え入れようと思う。

 以下の文面が、コピペできるかどうか、テスト。
××××××××××××××××××××××××××××××××××××××
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 アメンバー登録の条件はただ一つ、コメント投稿者の発言を含めてここでの話題を第三者に知らせないこと、だけである。
 時折「アメンバー限定記事」を書いている人がいて、その内容を読んでみたいと思うこともあるけれど、基本的には、わざわざ、そのためにアメンバー申請しようとまでは思わない。
 そういう記事というのは、極めてプライベートなことで、理解と信頼のある間柄の人にだけ、読んでもらいたいのだろうから、そういうプライバシーに踏み込もうとは思わないのだから。

 でも、どうして、アメンバー限定記事を書こうと思うのだろう。もし、自分がこういう限定を設けて書いてみたいとすれば、それこそ、男女の仲について、くらいしか思い浮かばない。
 書いてみようかな・・・。

 たぶん、読んだ人が動揺するような内容になるだろう。ほんの何人しかいないが、今までアメンバーになってくれている人には不快感を与えることになるかもしれない。もし、そうであるならば、アメンバー・リストから削除してもらいたいし、その旨を連絡してくれたら、こちらからもメンバー削除しようと思う。

 この限定を設けて書くのは、男女観と倫理観と、つまり、セックスと犯罪とについて、ということにしよう。
 何だって? そんなことしたの? そんなこと考えてるの? というような話である。

 それでも良ければ、そして、信頼できると判断した人であれば、アメンバーとして迎え入れようと思う。

 以下の文面が、コピペできるかどうか、テスト。

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